蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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犬山市針綱神社の蕃塀

 犬山市大字犬山字北古券に所在する針綱神社は、延喜式神名帳所載の式内社で古くから鎮座する神社である。天文6年(1537)に織田信康が木の下城を築城するため白山平に遷座した。慶長11年(1606)に名栗町へ遷座し成瀬家の祈願所となっていたが、明治15年(1882)に現在地(元の白山平)に移したという。尾治針名根連命、玉姫命、建筒草命、建多乎利命、伊弉諾尊、菊理姫命、大己貴命、建稲種命、尾綱根命、大荒田命を祀っている。

 針綱神社の蕃塀は3間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約4.8m、全高約2.9m、屋根長約6.3m、屋根巾約2.0mで長大なものである。両側には控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇上に切り石を並べて礎石とし、その上に丸太材による柱を4本立てている。柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に簡略化した雲形腕木を配置し表裏両面の桁を支え、まばらに垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、緩やかに反る照り屋根となり、大棟の両端には鬼板が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上には一枚板が、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は木製であるが下部はボルトで礎石に固定されている。控え柱の控え貫・腕木・垂木などのそれぞれの木口面が白色に塗布されている。

 針綱神社はいくつかの鳥居や灯籠など経て拝殿と本殿施設群に至る構成となっているが、現在蕃塀はこの参道(経路)中には存在しない。参道から大きく離れた崖際の駐車場となっている区域の外縁に存在する。つまり蕃塀の外側は断崖となっている。これまで見てきたように、参道中に存在しないこの蕃塀の配置は異常であり、本来の位置から何らかの事情で移築されたものと想定される。控え柱が礎石に固定された状況は、移築の際に柱根の腐食した部分をうまく加工・処理したものかもしれない。そして、この加工方法からみて、蕃塀の移築は明治15年ではなくもっと新しい時期と考えられよう。逆に蕃塀そのものは明治15年まで遡り得ると推察したい。

 針綱神社の蕃塀は3間で、しかも1間の巾が他の事例に比べ長いことから、見た目が雄大である。針綱神社は元々式内社であり、戦前には県社、戦後には宗教法人針綱神社(尾張五社の一つ)として近隣の崇敬を集めており、こうした事情から蕃塀も社格に見合う長大なものが製作されたと思われる。
e0113570_201155.jpg

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by banbeimania | 2007-03-29 20:02 | 蕃塀の事例 | Comments(0)
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