蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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津島市津島神社の蕃塀(3)

 津島市所在津島神社の蕃塀は、残念ながら建立年代が不詳あるが、尾張造という社殿構成を示す施設として他の建造物と一括して県指定文化財になったと、私は勝手に推測した。では、蕃塀の建立年代をある程度絞り込むことはできないか、ここではこの点を詳しく検討してみたい。

 昭和50年に発刊された『津島市史(五)』に所収されている伊藤晃雄著「津島神社年表」には、昭和18年6月30日に「蕃塀改修工事竣工」という記述がある他は、蕃塀に関する記述は存在しない。

 同じ『津島市史(五)』の伊藤晃雄著「津島神社の社殿」には、蕃塀の詳細な記述はなく、「室町期あるいは江戸初期と推定される境内古図を見ると、境内には本殿・釣殿・祭宮殿(祭文殿)・拝殿・勅使殿の他に、本殿の左右の一王子社・八王子社まで廊でつなぎ、今日よりもなお、左右の張った廻廊をもつ社殿であったことが窺われる」とある。私は、不勉強のため、ここでいう境内古図を知らないが、この記述をそのまま信用すれば、江戸初期には蕃塀はなかったことになる。

 一方、宝暦2年(1752)に儒学者の松平君山等によって編纂された地誌『張州府志』には、「天王惣社図」があり、津島神社内の建物配置等が描かれている。これによれば、正面から鳥居、「南門」、少し横にずれて「勅使殿」、「拝殿」、「御燈所」、「祭供殿」、「天王本堂」に至る構成が示されている。加えて、祭供殿から廻廊を通じて東側に「御供所」、西側に「祭供殿」、「八王子」、「御蔵」が存在する。注目すべき点は、同書所収「熱田宮境内図」で見られるような「透垣」や蕃塀が描かれていないことである。「天王惣社図」に御燈所という小規模な施設が描かれていること、および「熱田宮境内図」のように他の境内図に「透垣」が描かれていることなどを考慮すると、『張州府志』が成立した頃には津島神社内に蕃塀が無かったことが予測される。

 さらに、作画年代不詳の市指定文化財「絹本著色津島神社絵図」には南門の奥に朱色などに描かれた蕃塀が存在している。『津島の文化財』に記載された解説には、この図の構図は小田切春江(1810~1888)筆の『尾張名所図会』所収境内図によく似ているという。状況から大胆に推測すれば、「絹本著色津島神社絵図」は幕末頃の作品と思われ、少なくとも18世紀まで遡る可能性は低いのではないか、と考えている。

 こうした状況で、津島神社境内の他の建造物の再建年代をみると、本殿は文政8年(1825)に修補、祭文殿は文政6年(1823)に再建、廻廊は文政8年(1825)に再建されており、文政年間に施設の建設が集中していたことが分かる。

 これらを総合して考えると、一つの可能性として、蕃塀の建立年代は造作が盛んに行われた文政8年(1825)頃が浮かび上がる。加えて、絵図類の検討からみて、それ以前の津島神社には蕃塀が存在していなかったものと思われる。はたして、どうであろうか?
e0113570_09046.jpg

「天王惣社図」(『張州府志』大正2年名古屋史談会発行より転載)
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by banbeimania | 2007-08-09 00:14 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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