蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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堀池論文を読む(3)

 今日は堀池康夫・堀池哲生論文の第3章を読んでみる。

3)蕃塀の歴史 — 延暦二十三年(803)の皇大神宮儀式帳には蕃塀の文字は見られないが、豊受大神宮儀式帳には蕃垣三重、長各二丈と記され、ここにその起源があると認められ、(以下つづく)
 (堀池康夫・堀池哲生「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その1」より抜粋)


 本ブログの初期の頃に紹介した昭和12年臨川書店発行の『神道大辭典第三巻』での蕃塀の解説には、「(前略)『皇大神宮儀式帳』には見えないが、『止由氣宮儀式帳』に「蕃垣參重長各二丈」と見え、また『顯廣王記』治承二年十月の條に「大神宮御前屏柱」、建久の『皇大神宮年中行事記』に屏垣と見える(後略)」とある。

 そこで塙保己一編『群書類従第一輯』に所収された『止由氣宮儀式帳』(=『豊受大神宮儀式帳』か?)を見る。この中の「等由氣太神宮院雜行事壹條」には「大宮壹院」の建物構成は「正殿壹區。同殿坐神參前。寳殿貳宇。御饌殿壹宇。幣帛殿壹宇。齋内親王殿壹宇。女孺侍殿壹間。御門肆間。瑞垣壹重。宿直屋參間。玉垣貳重。板垣壹重。蕃垣參重。(全ての註釈を略す)」という説明があり、確かに蕃垣の文字が見える(巻第二の46頁)。同條には「御倉壹院」「直會所壹院」「齋内親王御膳壹院」「御酒殿壹院」「齋舘壹院」「管高宮壹院」の説明もあるが、これらには蕃垣の文字はない。

 ところで『皇大神宮儀式帳』には蕃塀や蕃垣の文字が本当にないのだろうか。『群書類従第一輯』に所収された『皇大神宮儀式帳』の中の「天照坐皇太神宮儀式並神宮院行事壹條」には「大宮壹院」の建物構成は次のように記されている(巻第一の4頁)。「正殿壹區。寳殿二宇。御門十一間。玉垣三重。齋内親王侍殿一間。女孺侍殿一間。幣殿一院。御倉一院(以下略、全ての註釈を略す)」。この中で「齋内親王侍殿一間」の後ろに「番垣一重」と記され「長三丈」と註釈されている。『止由氣宮儀式帳』と『皇大神宮儀式帳』の両「大宮壹院」は構成が異なり、単純な比較は困難であるが、玉垣や板垣とは異なる長さが2〜3丈の「ばんがき」が共に存在すると言える。

 よって、『皇大神宮儀式帳』の「番垣」は文字が異なるものの、『止由氣宮儀式帳』の「蕃垣」と同じものを示しているのではないだろうか。もしそうであるならば、延暦23年(804)の『皇大神宮儀式帳』には既に、蕃塀の起源となる番垣が存在したといえることになる。蕃塀の起源は8世紀以前に遡る可能性があると思われる。

 さて、こうした解釈でよかったのであろうか。
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by banbeimania | 2007-11-27 00:00 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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