蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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 前回は、堀池康夫・堀池哲生「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その1」の3)蕃塀の歴史の項にある「文永三年遷宮記(1266)、暦応造替記(1338)にも、その存在が見られる」の文章を受け、『文永三年御遷宮沙汰文』にある「蕃垣御門」や「屏垣」が「蕃塀」を意味しているのだろう、などと推測した。

 しかし、釈然としない部分があり、改めて「蕃垣御門」について調べてみた。

 昭和12年臨川書店発行の『神道大辭典第三巻』には、「蕃垣御門」は「皇大神宮・豊受大神宮の御門。また猿頭御門と呼ばれる。瑞垣南御門と内玉垣南御門との間にある。『皇大神宮儀式帳』の「放不葺御門八間」の一つであり、(以下略)」と記され、蕃塀とは別物であることが書かれていた。

 加えて「蕃垣」の項では、「皇大神宮の御垣。豊受大神宮にはない。(中略)『皇大神宮儀式帳』に「一ノ玉垣長十四丈」とあるのが之に相当する。『建久九年内宮假殿遷宮記』等によって、古くは此の垣は蕃垣御門に附属していたことが分る。『皇大神宮儀式帳』の齋内親王侍殿の下に見える「蕃垣一重長三丈」、『止由氣宮儀式帳』大宮院の條に見える「蕃垣三重長二丈」は、今の蕃塀に相当するものである。」と明記されている。

 実際の内宮の御垣内の平面図をみても、蕃垣御門は『神道大辭典第三巻』の解説通りの位置にあり、蕃塀とは別物であるといえる。そして蕃垣の解説では、『皇大神宮儀式帳』にも蕃塀につながる蕃垣の記述があるといっており、先(前々回)の推測は的を射ていたと言えそうである。

 『暦応造替記』をまだ確認していないが、結局、「文永三年遷宮記(1266)、暦応造替記(1338)にも、その存在が見られる」という文章を具体的に確認することが、私にはできなかったということになる。

 『神道大辭典第三巻』の蕃塀の解説の最後には「中世、御垣と共に廃絶したものを明治二年に玉垣とともに再興せられた。」とあり、鎌倉時代の記録には簡単には見出せない存在であったといえよう。
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by banbeimania | 2007-11-30 18:12 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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