蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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伊勢神宮の蕃塀(まとめ)

 これまでに伊勢神宮の内宮と外宮の蕃塀を紹介してきた。そして、内宮(皇大神宮)の御正宮と外宮(豊受大神宮)の御正宮に伴う蕃塀と、内宮の諸施設に伴う蕃塀の2種があることが判明した。このうち、前者の御正宮に伴う蕃塀は『神道大辭典』に記述される「蕃塀」そのものである。一方、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀は『神道大辭典』に記述される「蕃塀」ではない。

 『神道大辭典第三巻』臨川書店、昭和12年7月19日発行、編集:下中彌三郎 によれば、「皇大神宮・豊受大神宮の東西南北の板垣御門外にあって障蔽をなす塀。現制は横板嵌、弘二丈、高一丈。『皇大神宮儀式帳』には見えないが、『止由氣宮儀式帳』に「蕃垣參重長各二丈」と見え、また『顯廣王記』治承二年十月の條に「大神宮御前屏柱」、建久の『皇大神宮年中行事記』に屏垣と見えるから、古くから存じたことが知れる。中世御垣と共に廃絶したものを明治二年に玉垣とともに再興せられた。」とある。

 御正宮に伴う正しい「蕃塀」は「板垣御門外にあって障蔽をなす塀」である。私の印象では、御正宮を囲う板垣が御門の部分のみ切り抜かれ、その部分が外側に移動した結果できた塀という感じがしたのであった。しかも、特に南面の蕃塀は、参道の御正宮の反対側の縁に所在していて、決して参拝者を遮断して参拝者の視線から内部を覆い隠す形になっていないのである。これは、皇大神宮も豊受大神宮もさらに熱田神宮の蕃塀にも当てはまる特徴といえる。

 これに対して、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀?は、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿の入口(内部)を覆い隠す形になっている、と私には感じられる。明らかに、御正宮を囲う蕃塀とは異なる配置と思われるのだ。実は、尾張地域の神社を中心に展開する連子窓型蕃塀は、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀と同様の配置で、拝殿や本殿の正面入口に面して建設されていて、神宮御正宮に伴う蕃塀とは配置が異なるのである。

 ここで思い出されるのは、尾張地域の神社を中心に展開する連子窓型蕃塀が、江戸時代においては多く「透垣」、「籬」などと称されていて、「蕃塀」と呼ばれた事例を寡聞にして知らないことである。つまり、連子窓型蕃塀は本来「蕃塀」と呼ばれておらず、後に(近代以降に)「蕃塀」と呼ばれるようになったのであろう。そして、近代以降に「蕃塀」と呼ばれたのは、伊勢神宮の蕃塀に類似していることから、その名称が使用された可能性を考えてみたい。「藩塀」と呼ばれる事例があるのも、その用字に混用や誤用が生じた結果なのかも知れない、と考えられないであろうか。

 こういった推測を確かめるためには、もっときちんと文献を調査する必要があるが、この点はいつか明らかにしていきたいと思っている。
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by banbeimania | 2007-12-25 00:46 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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