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一宮市野口神明社の蕃塀
一宮市野口1丁目に所在する神明社は、創建年代などは不詳である。隣にある花池村から移住した氏子らが、伊勢皇大神宮の御分霊を勧請してできたという。境内の石灯籠に享保元年(1716)銘のものがあり、その由緒は約300年前には遡ると思われる。明治43年(1910)に建造物を増改築し、昭和3年(1928)に本殿と祭文殿などを新築し、昭和53年(1978)に整備増改築したという。祭神は天照大神である。なお、この神社は愛知県神社庁のリストには存在しない神社である。
野口神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.1m、屋根長約2.7m、屋根巾約0.5mを測り、両側に控え柱を持たない。 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず白色玉石を敷き並べた地面に礎石を置き、円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分け、表面は全ての区画に隅を丸く加工した方形枠が施されている。裏面は中央の区画に「昭和三十六年七月建之 寄附人 (人名1名分)」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に「神明社」と記された扁額を置き、その両側には何も配置せず結果として方形の透かし状となっていた。円柱柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を8本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。 野口神明社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬2対と灯籠2対から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿)に至る構成を持つ。 野口神明社の蕃塀は、昭和36年(1961)に製作されたものであるが、作者は不明である。本蕃塀は、欄間部の扁額がやや大きく、結果として両側にできた透かしも大きく開いている状態であった。
by banbeimania
| 2008-06-17 21:39
| 蕃塀の事例
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