蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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『尾張名所図会』に見る蕃塀(2)熱田神宮

 『尾張名所図会』巻3(1841頃)には熱田神宮に関する絵が所収されており、そのうち「熱田大宮全図其二」に蕃塀が描かれている。本文には社殿などの説明の部分で「透垣(すいがい) 勅使殿の南にあり。」と記されていて、この透垣が蕃塀に相当する記述である。具体的に絵画を見てみよう。

 「熱田大宮全図」には、下馬橋、下馬鳥居、御沓石、海蔵門、透垣、勅使殿、拝殿、祭文殿、渡殿を経て正殿と土用殿に至る構成が示されている。既に紹介した『張州府志』(1752)に所収された「熱田宮境内図」には、下馬橋、下馬橋鳥居、沓石、海蔵門、透垣、勅使殿、拝殿、白洲、祭文殿、白洲釣殿、渡殿を経て正殿と土用殿に至る構成が示されていて、両者はほぼ同一と言ってよい状態である。『尾張名所図会』「熱田大宮全図」に描かれた蕃塀は、3間巾の連子窓型蕃塀で、切妻屋根に控え柱が前後に設けられている。
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 さて、現在の熱田神宮の社殿は明治26年(1893)に伊勢神宮と同じ神明造に作り替えられているという。現在熱田神宮に存在する蕃塀は信長塀と本宮の拝所の間に位置しており、これが「熱田大宮全図」に描かれた位置と同じか否かは判別が難しいが、概ねそのままの位置を保っていたと推定されよう。

 ただし、現存する蕃塀は3間巾の木造衝立型蕃塀で、大きさは概略で本体長約6.7m、全高約3.0m、屋根長約7.5m、屋根巾約0.4mを測り、両側に控え柱を持たないものであった。この点は堀池論文でも、「尚熱田神宮のものは現在はなく、内宮型蕃塀が現在は拝殿前広場の南端の木立の中に拝殿に正面して建っている。」と指摘されていた。


 このことについては、以前に『張州府志』所収「熱田宮境内図」を検討した時には、図像のみでは透垣の構造を読み取ることができず、「透垣」という表現に着目して連子窓型蕃塀であると推定した。今回の『尾張名所図会』の検討では、明瞭に1841年頃の透垣が連子窓型蕃塀であることがわかり、その結果、1752年頃の透垣も連子窓型蕃塀である蓋然性が高くなったといえよう。そして、現在の木造衝立型蕃塀は、明治26年(1893)に蕃塀は衝立型蕃塀に造り直された可能性も高くなったと考えられる。
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by banbeimania | 2008-10-12 00:42 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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