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『尾張名所図会』に見る蕃塀(27)針綱神社
『尾張名所図会後編』巻之六(1841年頃筆?:1880年撰)には針綱神社に関する絵が所収されており、そこに透垣が描かれている。この針綱神社は中名栗町にあり、社殿構成については「拝殿・渡殿・祭文殿・透垣・鳥居など厳重に建てつらね」と本文に記述されている。
『尾張名所図会後編』「針綱神社」図には、左手下半に「透垣」と注記された蕃塀らしき施設が見える。正面から灯籠、鳥居、透垣、拝殿、祭文殿を経て本社に至る構成が示されている。描かれた蕃塀は、一部が樹木に隠れて構造を把握しにくいが、3間巾の連子窓型蕃塀と想定され、切妻屋根で前後に控え柱を持つようである。 さて、この針綱神社は犬山市大字犬山字北古券に所在する針綱神社を指している。しかし、『尾張名所図会後編』は慶長11年(1606)に名栗に遷座したもの、現在の針綱神社は明治15年(1882)に現在地に遷座したもので、両者は場所が明白に異なり、社殿構成も大きく相違している。現存する針綱神社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約4.8m、全高約2.9m、屋根長約6.3m、屋根巾約2.0mで長大なものである。両側には控え柱を持つ。蕃塀の構造は間数や控え柱の有無などが共通しているので、1841年に描かれた蕃塀が1882年に移設された可能性が考えられよう。 なお、堀池康夫・堀池哲生「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その2」では、『尾張名所図会』に蕃塀が建っている神社として針綱神社が取り上げられており、「針綱神社(中略)には名所図会にある「透垣」と同じ型式の蕃塀が現在も同一の位置に建っている」と記述されている。しかし、蕃塀の配置が現在も同一の位置にはとても存在しているとは言いがたく、この記述は誤りと思われる。
by banbeimania
| 2008-11-06 00:47
| 蕃塀を深める
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