蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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『尾張名所図会』に見る蕃塀(29)総括

 『尾張名所図会』は尾張の名勝古蹟を網羅図説し、精密詳細なる考証を加えた著作で、前編7巻は天保12年(1841)頃の撰・岡田啓と野口道直共著・小田切春江画、後編6巻は明治13年(1880)の撰・岡田啓と野口道直共著の遺稿・小田切春江編纂によるという(原田幹の解題による)。これまで大正8年1月7日発行、原田幹校訂、大日本名所図会刊行会『尾張名所図会』をみて、江戸時代後期の蕃塀の実態について検討してきた。

 この結果、『尾張名所図会』では朝日神明宮、熱田神宮、八剱神社、高牟神社、津島牛頭天王社、真清田神社、濱神明、尾張大国霊神社、中牧皇大明神社、山王社、上畠神明宮、豊場物部神社、大毛神社、黒岩石刀神社、虫鹿神社、鳴海杻神社、諸钁神社、阿豆良神社、力長若宮八幡社、針綱神社および楉野天神社の全21社に蕃塀(透垣)が存在することが明らかとなった。

 このうち、楉野天神社を除く20社は図像で蕃塀が表現されていて、多くの共通点が認められた。
A)全図像で切妻屋根を持つ連子窓型蕃塀の形状で描かれていた。印象として、これらは木造蕃塀のように感じられ、彫刻を持つような石造連子窓型蕃塀には思われない。
B)拝殿と祭文殿の間に描かれた大毛神社を除き、蕃塀の配置は拝殿の前に設置されている。
C)虫鹿神社と高牟神社と阿豆良神社を除き、控え柱が蕃塀の前後に設けられていた。
D)中牧皇大明神社と阿豆良神社は2間巾、高牟神社は1間巾であるが、その他は全て3間巾である。
E)蕃塀の図像に注記が存在するものは熱田神宮、真清田神社、尾張大国霊神社、中牧皇大明神社、山王社、上畠神明宮、針綱神社であり、その全てが「透垣」と記されていた。なお、本文に「透垣」と記述されたものには、熱田神宮、真清田神社、上畠神明宮、力長若宮八幡社、針綱神社、楉野天神社がある。いずれにしても「蕃塀」など他の表現は全く認められなかった。

 さらに蕃塀の分布密度について検討すると、海東郡50%(1/2)、丹羽郡40%(6/15)、中島郡約19%(4/21)、春日井郡約19%(3/16)、葉栗郡約18%(2/11)、愛知郡約11.1%(4/36)、知多郡0%(0/8)、海西郡0%(0/2)であった。割合は海東郡が最も高いが、実数の多さも加味すると丹羽郡が最も濃密に蕃塀が分布する地域と評価できよう。

 最後に現存する蕃塀と比較した結果、現存する蕃塀が『尾張名所図会』に描かれたものがそのまま残存したものの可能性が高く考えられるのは朝日神明宮、津島牛頭天王社、尾張大国霊神社、山王社、上畠神明宮、黒岩石刀神社、鳴海杻神社、諸钁神社、針綱神社(移設か?)の9社である。これら9社の蕃塀の築造年代は1841よりも遡る可能性が高いと言える。
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by banbeimania | 2008-11-08 01:39 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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