蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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堀池論文を読む(18)

 もうおおよそ1ヵ月前のことになるが、ここで再度、堀池康夫・堀池哲生論文「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その2」の第3章を読んでみる。

4)尾張名所図会に見る蕃塀 — 天保十二年(1841)の尾張名所図会によれば、尾張国内の神社の内で次の十三社に蕃塀が建っている。即ち、熱田神宮、真清田神社(尾張一宮)、国府之宮(尾張五社の内)、津島神社(津島牛頭天王)、八剱宮(熱田摂社の一)、鳴海杻神社(犬山市)、上畠神明宮(清須町)、針綱神社(犬山市)、朝日神明宮(名古屋市)、爾波神社、諸钁神社、天道社浜神明、常安寺物部神社の十三社と共に神社の全景図があり、その中のすべて「透垣」(スイガイ、スイガキ)の名称で示され、「尾張造り」配置に倣って、尾張型蕃塀が建って居る。即ち、当時はすべて透垣と呼ばれ、蕃塀の名は一般にはなかった事が解かる。尚熱田神宮のものは現在はなく、内宮型蕃塀が現在は拝殿前広場の南端の木立の中に拝殿に正面して建っている。真清田神社、国府之宮には現在はなく、津島神社、杻神社、針綱神社、朝日神明宮、諸钁神社には名所図会にある「透垣」と同じ型式の蕃塀が現在も同一の位置に建っている。(以下つづく)(堀池康夫・堀池哲生「蕃塀の研究(その民俗学的建築史の解明)その2」より抜粋)

 これまで『尾張名所図会』に記載された蕃塀を詳細に検討した結果、上記の文章には多くの誤謬が存在していることが明らかになった。私が検証した結果を加味して、上記の文章を修正すると下記のようにまとめることができよう。

4)尾張名所図会に見る蕃塀 — 天保十二年(1841)の尾張名所図会によれば、尾張国内の神社の内で次の二十一社に蕃塀が建っていた。即ち、朝日神明宮、熱田神宮、八剱神社、高牟神社、津島牛頭天王社、真清田神社、濱神明、尾張大国霊神社、中牧皇大明神社、山王社、上畠神明宮、豊場物部神社、大毛神社、黒岩石刀神社、虫鹿神社、鳴海杻神社、諸钁神社、阿豆良神社、力長若宮八幡社、針綱神社の二十社の神社全景図に、「尾張造り」配置に倣って、尾張型蕃塀が建って居る。その中の熱田神宮、真清田神社、尾張大国霊神社、中牧皇大明神社、山王社、上畠神明宮、針綱神社では「透垣」(スイガイ、スイガキ)の名称で示され、即ち、当時はすべて透垣と呼ばれ、蕃塀の名は一般にはなかった事が解かる。また、楉野天神社は本文に「透垣」と記述されていた。尚熱田神宮では現在は内宮型(衝立型)蕃塀が拝殿前広場の南端の木立の中に拝殿に正面して建っている。真清田神社などには現在はなく、朝日神明宮、津島牛頭天王社、尾張大国霊神社、山王社、上畠神明宮、黒岩石刀神社、鳴海杻神社、諸钁神社の8社には名所図会にある「透垣」と同じ型式の蕃塀が現在も同一の位置に建っている。
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by banbeimania | 2008-11-09 21:33 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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