蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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京都市左京区岡崎神社の蕃塀?(3)

 京都市岡崎神社の蕃塀らしき建物を蕃塀と評価するには、その位置からみてやや厳しいものであった。しかし、蕃塀らしき建物が本来の位置(例えば鳥居と拝殿の間に所在する舞場)から移動したものと仮定すると、蕃塀である可能性が高まってくる。そこで少しだけ『都名所図会』という文献を調べたことがあるので、それを紹介したい。

 『拾遺都名所図会』は、安永9年(1780)に刊行された『都名所図会』に漏れた記事を集めたもので、4巻5冊で構成された書物である。秋里籬島編・竹原春朝斎信繁画で天明7年(1787)に刊行された。

 さて、この『拾遺都名所図会』巻之二には、東天王社(=岡崎神社)に関する記事が所収されている。本文には「同所(岡崎元応寺前町:筆者註)、東の端にあり、祭神牛頭天王、華表の額「正一位東天王」と書す。いにしへはこの地に東光寺といふあり、その伽藍神なり 『諸社根元記』に曰く「祇園牛頭天王、初めは播磨国明石浦に垂迹したまふ。また広峰にうつす。その後、北白川東光寺にうつす」と記されている。また、同書には「願成寺と東天皇」と表記された絵画があり、そこには鳥居、拝殿、本殿と並ぶ形で東天王社が描かれていた。透垣や蕃塀の記載は全く見られなかった。

 以上のことから、天明7年(1787)の段階で、東天王社(=岡崎神社)には蕃塀は存在していなかったことが明らかとなった。現在、この『拾遺都名所図会』以外の文献を調査していないため、前回の記事で推測した蕃塀の存在の可能性は、所詮は推測に過ぎない状態となっている。いずれは、何らかの形で岡崎神社における蕃塀の有無を確定していきたいと考えているところである。
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by banbeimania | 2008-12-06 21:20 | 蕃塀を深める | Comments(0)
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