蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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江南市田代南山神明社の蕃塀

 江南市田代町(旧大字小折)南出に所在する南山神明社は、明応年間(1492〜1501)に生駒家広が当地を拠点にした際に守護神として勧請されたと伝えられる。当地にはもと内宮と外宮があり、『尾張徇行記』に「此両社生駒家代々氏神、勧請の年暦は不伝、再建は慶長十五年生駒因幡守利豊造営也」とあって、本社はこのうちの外宮に相当する。社名などからみて、祭神は豊受大神と思われる。

 田代南山神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と石製布基礎を置き。礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。左側の束柱裏面には「大正六年七月建之」、右側の束柱裏面には人名6名分の文字が記されていた。欄間部は円柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、両区画で角を丸く加工した方形透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された直線屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱はないが、石製の斜めに宛てがわれた支え棒がボルトによって固定されていた。右側背面の支え棒表面には「生田石工井上金七」と刻まれていた。

 田代南山神明社は、正面から神門、灯籠、一の鳥居、灯籠群、二の鳥居、百度石、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 田代南山神明社の蕃塀は、大正6年(1917)に生田の石工井上金七によって製作されたものである。この生田は北名古屋市米野の生田と考えられ、石工井上金七はこれまで紹介してきた「石工井上」に繋がる職人と推察される。以前の考察で、石工井上は現在北名古屋市徳重に所在する有限会社井上石材店に該当すると思われ、その創業は明治28年(1895)にまで遡ることが分かっている。石工井上による蕃塀には、本例の他に北名古屋市鹿田若宮神社の蕃塀(1935)と清須市西田中神明社の蕃塀(1937)と岩倉市北島白髭社(製作年不明)がある。本蕃塀(田代南山神明社の蕃塀)は屋根が切妻状に切り出された珍しいタイプであったが、岩倉市北島白髭社も同様であった。
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by banbeimania | 2009-01-16 22:51 | 蕃塀の事例 | Comments(0)
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