蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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犬山市諸钁神社の蕃塀

 犬山市字裏之門に所在する諸钁(もろくわ)神社は、平安時代初期の『延喜式神名帳』所載の式内社である(神社の名称の2文字目は钁でなく、正しくは钁の右下にある又を除いた文字)。仁寿元年(851)に創建され、建御名方命を祀っている。「桓武天皇の御代に尾張、伊勢の土族退治に征夷大将軍坂上田村麿を遣わし、日頃崇拝していた建御名方神(諏訪大明神)をこの地に分霊を祀り、無事征伐した」と伝えられる。近在する大縣神社の豊年祭では、諸钁神社から行列が出発する。

 諸钁神社の蕃塀は3間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約3.7m、全高約2.9m、屋根長約4.9m、屋根巾約1.8mで、両側には控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇上に切り石による礎石を配置し丸太材による柱を4本立てている。柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に方形の肘木と簡略化した雲形腕木を配置し表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、緩やかに反る照り屋根となり、大棟の両端には瓦と同様に紋様が細かい鬼板が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は石製であるが、控え柱の控え貫は木製。肘木と腕木の木口面が白色に塗布されている。

 諸钁神社は、鳥居、灯籠、狛犬、百度石、蕃塀など経て本殿施設群に至る構成となっている。壁の無い吹き抜けの拝殿がなく、その跡地と推定される基壇が本殿の前に存在する。本殿施設群は最近建て直されたものであるが、蕃塀は古色を帯びていて神社の中で最も古い建造物の一つであろうか。

 諸钁神社の蕃塀は3間巾を持ち、切妻部の懸魚等の細工も細かく「いい仕事」をしていると感じられる。針綱神社の蕃塀ほど長大ではないが、風格をみてとることができる。なお、近在する大縣神社は式内社・旧国幣中社であり尾張国二の宮でもあった大きな神社であるが、蕃塀は存在しない。
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by banbeimania | 2007-03-31 20:28 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市五郎丸神明社の蕃塀

 犬山市大字五郎丸字新田組に所在する神明社は、嘉暦元年(1326)に創建されたといわれ、天照大神、豊受大神を祭神とする。境内にあるシイノキが犬山の巨樹・古木20選に選ばれている。

 五郎丸神明社の蕃塀はコンクリート造と思われる。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.2m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.3mで、控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。円柱を3本立てて巾を2間とし腰板の貫と棟木を渡した形状に、基壇上にコンクリート造りされている。塀の本体は横羽目板が嵌め込まれた形に造られ、笠木(屋根)は断面がホームベース形の五角形となっている。連子窓を全く持たない簡素なものである。3本の円柱部分にあたる塀の背後は、支え棒をあてがった形状に造り出されている。刻書は確認できなかった。

 五郎丸神明社は、正面から灯籠、一の鳥居、二の鳥居、百度石、蕃塀、灯籠から基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。壁の無い吹き抜けの拝殿の跡地と思われる階段付き基壇が残存しているが、その部分は現在植え込みがあって建物は遺存しない。

 連子窓を持たないシンプルな衝立状の蕃塀は、これまでに名古屋市中区伊勢山神明社でも確認されており、それほど珍しいものではない。本蕃塀は伊勢山神明社の蕃塀よりもさらに簡略化された形状であるが、見方を変えると写真でみる伊勢神宮に存在する蕃塀により一段と類似しているように思われる。独特の存在感を放っている蕃塀と感じられよう。
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by banbeimania | 2007-03-30 21:09 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市針綱神社の蕃塀

 犬山市大字犬山字北古券に所在する針綱神社は、延喜式神名帳所載の式内社で古くから鎮座する神社である。天文6年(1537)に織田信康が木の下城を築城するため白山平に遷座した。慶長11年(1606)に名栗町へ遷座し成瀬家の祈願所となっていたが、明治15年(1882)に現在地(元の白山平)に移したという。尾治針名根連命、玉姫命、建筒草命、建多乎利命、伊弉諾尊、菊理姫命、大己貴命、建稲種命、尾綱根命、大荒田命を祀っている。

 針綱神社の蕃塀は3間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約4.8m、全高約2.9m、屋根長約6.3m、屋根巾約2.0mで長大なものである。両側には控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇上に切り石を並べて礎石とし、その上に丸太材による柱を4本立てている。柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に簡略化した雲形腕木を配置し表裏両面の桁を支え、まばらに垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、緩やかに反る照り屋根となり、大棟の両端には鬼板が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上には一枚板が、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は木製であるが下部はボルトで礎石に固定されている。控え柱の控え貫・腕木・垂木などのそれぞれの木口面が白色に塗布されている。

 針綱神社はいくつかの鳥居や灯籠など経て拝殿と本殿施設群に至る構成となっているが、現在蕃塀はこの参道(経路)中には存在しない。参道から大きく離れた崖際の駐車場となっている区域の外縁に存在する。つまり蕃塀の外側は断崖となっている。これまで見てきたように、参道中に存在しないこの蕃塀の配置は異常であり、本来の位置から何らかの事情で移築されたものと想定される。控え柱が礎石に固定された状況は、移築の際に柱根の腐食した部分をうまく加工・処理したものかもしれない。そして、この加工方法からみて、蕃塀の移築は明治15年ではなくもっと新しい時期と考えられよう。逆に蕃塀そのものは明治15年まで遡り得ると推察したい。

 針綱神社の蕃塀は3間で、しかも1間の巾が他の事例に比べ長いことから、見た目が雄大である。針綱神社は元々式内社であり、戦前には県社、戦後には宗教法人針綱神社(尾張五社の一つ)として近隣の崇敬を集めており、こうした事情から蕃塀も社格に見合う長大なものが製作されたと思われる。
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by banbeimania | 2007-03-29 20:02 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市東古券熊野神社の蕃塀

 犬山市大字犬山字東古券に所在する熊野神社は、創建年代は不詳だが、寛文8年(1668)再建されたという。伊那那岐神、速玉男之神を祭神にしている。神社が存在する地点は、江戸時代の犬山城下町の一部にあたり、神社の存在から「熊野町」と呼ばれていた。かつて神社境内には熊野山先聖寺があったと伝えられる。

 東古券熊野神社の蕃塀は2間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約2.5m、全高約2.3m、屋根長約3.4m、屋根巾約1.3mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。比較的平らな自然石を一列に並べて礎石とし、その上に角材による土台木を置き、角材柱3本を立てている。柱には2本の貫を通して上端は棟木を渡す。角材柱に板材を腕木として配置し表裏両面の桁を支え、直接屋根の葺板を載せている。屋根は切妻造りの桟瓦葺きでほぼ直線屋根となり、大棟の両端には鬼瓦が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上は透かしの状態となり横、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は存在しないが、両端の柱の背後にコンクリート棒による支えが設置され、ボルトで固定されている。

 東古券熊野神社は、正面から狛犬、鳥居、百度石、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠があり、基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。蕃塀は他の建造物と比べ簡素に造られており、両者は製作時期が異なるかもしれない。犬山市寺下神明社と同様に、基礎に円礫に近い自然石を並べた構造を持つ事例である。製作年代は不明。
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by banbeimania | 2007-03-28 20:42 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市羽黒成海神社の蕃塀

 犬山市大字羽黒字八幡東に所在する成海神社(羽黒八幡宮)は、創建年代は不詳で、鳥鳴海神を祭神とする。羽黒地区等コミュニティー推進協議会ホームページ(http://www15.plala.or.jp/hagurokomyunithi/index.html)によれば、創建時からある時期までは、以前紹介した鳴海杻(なるみてがし)神社と同一の神社であったと言う。口碑によれば清寧天皇2年(481)と言い伝えられているが、八幡宮として応神天皇を祭祀した年代、その理由や、鳴海杻神社との分祀年代などは詳らかでない。八幡林は、天正12年(1584)小牧長久手の合戦の緒戦として知られる「羽黒八幡林の合戦」の古戦場である。

 羽黒成海神社の蕃塀は2間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約2.1m、全高約2.1m、屋根長約3.1m、屋根巾約1.6mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる基壇と布基礎の上に角材の土台木を載せ、さらに角材柱3本を立てて、貫3本を通して上端は棟木を渡す。角材柱に簡略化した雲形腕木を差し込み、表裏両面の桁を支え直接屋根板を載せる。屋根は切妻造りで屋根板を銅板(トタン板?)で覆うように造られており、直線屋根となっている。大棟の両端を外側に若干突き出すが鬼板は存在しない。銅板は赤色に塗布されている。塀の中央には連子窓が設置され、連子窓の上は透かし状になり、下には縦羽目板が嵌め込まれ補強するための胴縁が1本設けられている。控え柱は全て木製で土台木上に設置されている。

 羽黒成海神社は、現状では横から入り灯籠、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿があり、基壇上に鳥居と本殿を持つ構成となる。鳥居などが存在しないのは後世の改変によるものかもしれない。広い境内の割に建造物は比較的簡素である。

 羽黒成海神社の蕃塀は連子窓を有するものであるが、屋根の造りが比較的簡便であり、基礎構造等からみても製作年代は新しいものと推察される。拝殿等の建築物と同様にシンプルな形状を呈しているといえよう。
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by banbeimania | 2007-03-27 21:50 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

神社探訪余話(3)神社は宗教施設である

 神社は、いうまでもなく神社神道における宗教施設である。神聖な神の宿る(と多くの人々が信仰している)場所であるから、参拝する時には敬虔な心持ちで参拝するのが最低限の礼儀である。これは神社に限らず、あらゆる宗教の神聖な場における、最低限の共通のマナーと考えている。

 ただ、私の場合、どうしても興味関心のある蕃塀の有無やその形状ばかりを気にしてしまいがちで、参拝する心をおろそかにしたことがないとは決して言い切れない点は反省すべきだろう。私が神社を訪問する時は、写真撮影が先か参拝が先かといったようなことは全くデタラメで、きっとその作法は見る人によっては本当にいい加減なものに見られそうだ。ただ、鳥居を前にした時の目礼と拝殿の前での二礼二拍手一礼の作法は忘れないようにして(二礼二拍手一礼の作法は神社によって異なる場合があるようだが、これまで訪問した神社ではそのような掲示を見かけたことはない)、これで自分自身にとっては最低限のマナーをクリアした気になっている。

 二礼二拍手一礼の作法といえば、最近某有名占星術家?が「女性は神社で拍手を打ってはいけない」と恫喝まがいの発言をして一部で問題になっているらしい。ざっと調べてみても、上述のように一般の参拝者の参拝の作法は厳格な規則等はないようで、だから各神社が推奨する参拝方法で参拝するのが無難であろう。そしてそれ以外の方法でも、参拝する心が伴っていれば少々の無作法は問題無さそうに思われる。某有名占星術家?の最大の問題点は、その主張する参拝方法の是非等ではなく、ある特定の方法でないと地獄へ落ちるなどと言って多くの人を不安に陥れることであろう。不安を煽って人を思い通りに動かそうとする輩の言うことは安易に信じたくないものだ。
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by banbeimania | 2007-03-25 22:48 | 探索の記録 | Comments(0)

犬山市寺下神明社の蕃塀

 犬山市大字犬山字寺下に所在する神明社は、応永2年(1395)に創建され、天照大神と日本武尊を祭神にしている。

 寺下神明社の蕃塀は3間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約3.2m、全高約2.4m、屋根長約4.1m、屋根巾約1.9mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる基壇上に比較的平らな自然石を一列に並べて礎石とし、その上に角材柱4本を立てている。柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の直上の角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りの桟瓦葺きで直線屋根となり、大棟の両端には三巴紋鬼瓦が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木製で、肘木・腕木・垂木などの木口面は白色に塗布されている。

 寺下神明社は、正面から鳥居、百度石、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、狛犬があり、基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。蕃塀と他の建造物との調和はよく取れており、これらの施設はほぼ同時に建設されたものと推察する。基礎に円礫に近い自然石を並べた構造を持つ事例は、この例が初めてであるが、他にも類例は存在しそうである。

 なお、蕃塀の背面には「ここでボールあそびいけません」の注意書きが貼られていた。蕃塀と拝殿の間がやや広く開いている神社では、時々目にする注意書きである。
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by banbeimania | 2007-03-24 18:12 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市西古券神明社の蕃塀

 犬山市大字犬山字西古券に所在する神明社は、元亀2年(1571)に創建され、天照大神を祭っている。

 西古券神明社の蕃塀は2間巾の木造銅(トタン?)板葺きである。大きさは概略で、本体長約2.3m、全高約2.1m、屋根長約3.2m、屋根巾約1.3mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石材による基壇枠の上位に設置されたコンクリート?製の布基礎上に角材の土台木を載せ、さらに角材柱3本を立てて、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の直上の角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りの銅板葺き(おそらくトタン板葺き)で、全く反らない直線屋根である。大棟の両端に外側に突き出し鬼板を配置しない。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は木製で補強の為の筋交いも宛てがわれており、さらにL字状の金属材で本体と固定されている。

 西古券神明社は、道路に面して灯籠と蕃塀があり、壁の無い吹き抜けの拝殿を経て基壇上の本殿施設群に至る構成を成している。境内が非常に狭いため鳥居等を持たない。

 蕃塀の右側面上方に「平成十四年九月 (人名)」と記された板が貼付けられており、これが蕃塀の製作年代と考えられる。屋根や羽目板の雰囲気は現代の住宅によく用いられるような素材で造られており、その点からも新しいものといえそうである。石材による基壇枠と、蕃塀のコンクリート製の布基礎が合致していないことを考慮すると、蕃塀は平成14年に建て替えられた可能性もある。
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by banbeimania | 2007-03-23 00:18 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市西古券吉野社の蕃塀

 犬山市大字犬山字西古券に所在する吉野社は、創建年代は不詳であるが、安閑天皇を祭る蔵王神社を合祀しているという。広国押建金日命(安閑天皇)、少彦名命、やろか大神(貞享4年)を祭っている。

 西古券吉野社の蕃塀は3間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約3.1m、全高約2.4m、屋根長約3.8m、屋根巾約1.7mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる基壇および布基礎上に角材柱4本を立てて、下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の直上の角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りの桟瓦葺きで、僅かに反る照り屋根となり、大棟の両端には経の巻若葉型鬼瓦が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木製で土台とはボルトで固定されている。木材は全て白木である。

 西古券吉野社は、境内が狭いためか建物構成は変則的である。北面から入る形でまず灯籠と鳥居があり、鳥居の奥には東に面して蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠があり、基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。本来は全体が東面した配置であったものが、後に何らかの事情で蕃塀よりも前の部分が移築されたものと想定される。この想定が正しければ、他の犬山市内の蕃塀を持つ神社の構成とあまり相違しないといえよう。

 犬山市内のそれほど格が高くないあるいは規模が大きくない神社では、2間巾あるいは1間巾の蕃塀が多かったが、この吉野社は3間巾の蕃塀を持っており、蕃塀的には格の高い神社と評価できるが、そのことが神社そのものの格と対応するか否かは別の問題といえよう。
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by banbeimania | 2007-03-22 00:12 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市西古券三宅社の蕃塀

 犬山市大字犬山字西古券に所在する三宅社は、創建年代は不詳であるが、安永9年(1780)に再建されたという。須佐之男命、稲田姫命を祭り、牛頭天王社を合祀している。

 西古券三宅社の蕃塀は2間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約2.5m、全高約2.7m、屋根長約3.3m、屋根巾約2.0mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる布基礎上に角材の土台木を載せ、さらに角材柱3本を立てて、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、僅かに反る照り屋根となり、大棟の両端には鬼板が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木製で土台木上に設置され、控え柱の控え貫を始めとして本体の肘木・腕木・垂木などのそれぞれの木口面が白色に塗布されている。

 西古券三宅社は、正面から灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、少し離れて壁の無い吹き抜けの拝殿があり、狛犬を経由して基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。他の犬山市内の蕃塀を持つ神社の構成とあまり相違しないといえ、木造銅板葺きの蕃塀としてみても多くの面で他の犬山市内の蕃塀と共通している。なお、蕃塀と拝殿の間にやや広い空間があり、ここは駐車場として使用されていた。
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by banbeimania | 2007-03-21 00:16 | 蕃塀の事例 | Comments(0)