蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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千社参り達成

 蕃塀を求めて愛知県内の神社を巡り続けて約9ヵ月経た今月中旬に、ようやく累計で1000柱(現在は1009柱)の神社を参拝することができた。愛知県神社庁の資料には3300柱以上の神社があることが分かっているから、これでようやく約3分の1の神社の参拝が終ろうとしている状態といえる。

 その内訳は、愛知県神社庁の資料にある神社が957柱、資料に掲載されていない神社が52柱である。また地域別にみると、尾張地域が630柱、三河地域が379柱である。この1009柱のうち蕃塀を持つものは148柱である。

 このペースでいけば、再来年の前半くらいに愛知県内の全部を参拝できる計算となるが、そう簡単にはいかないだろう。何せ、まだまだ山間部の神社を多く残しているし、そもそもこの先も今のペースを維持できるかどうか分からないのだから・・。

 本日、いや昨日の夕方、曇り空を見上げるときれいに半円形のアーチを形作る「虹」を見ることができた。幸先の良い区切りの日となったように感じられ、気候は蒸し暑いが、気分は晴れやか、である。
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by banbeimania | 2007-06-30 00:13 | 探索の記録 | Comments(0)

西春日井郡豊山町の蕃塀

 愛知県神社庁の資料によれば、西春日井郡豊山町には7社の神社が記載されている。私はこの3月までにこの7の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した4例である。具体的には、青山八剱社、青山日吉神社、豊場神明社、豊場八所社である。

 この他の青山稲荷社、豊場富士社、豊場津島社の3柱には蕃塀は認められなかった。

 西春日井郡豊山町では、愛知県神社庁のリスト中の約57%の神社で蕃塀が存在するという結果となった。これまで紹介してきた中では、丹羽郡扶桑町よりは割合が少ないが、丹羽郡大口町および犬山市と同様な分布密度であるエリアということができる。木造連子窓型蕃塀が優勢を占めていた丹羽郡地域とは相違して、西春日井郡豊山町は石造連子窓型蕃塀が優勢を占めていた地域と評価できよう。
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by banbeimania | 2007-06-29 00:02 | 探索の記録 | Comments(0)

西春日井郡豊山町青山八劔社の蕃塀

 西春日井郡豊山町大字青山字居屋敷に所在する八劔社は、創建年代は不詳である。『豊山町史』には古老の話などから古墳に祀った古い社だろうと推察されていた。須佐之男命を祭神とする。

 青山八剱社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.4m、全高約2.1m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.5mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇は無く直接砂利敷きの地面に切り石による礎石と布基礎を配置し円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は円柱を2本立てて3つの区画に分けているが、各区には特に紋様は施されていない。透かし部は中央に琴柱状の柱を据えるのみの状態で両側が大きく開いている。3区画の羽目板裏面には寄附者と推測される人名が34名分刻まれている。また、右側円柱の裏面には「大正十年一月建之」と記されている。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後に付属している。連子窓部は角柱を9本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、その上に大棟が配置され外側に突き出ている。控え柱は角材を斜めに支え柱として設置されボルトで固定されている。

 青山八剱社は正面から鳥居、灯籠、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠を通じて基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。蕃塀の前に概ね直方体の形状をした低くて平らな石材(台石?)が設置されていた。

 青山八剱社の蕃塀は大正10年(1921)に製作されたが、作者は不明である。元々控え柱は無かったと思われ、現状の支え柱は後に補強のため設置されたのではないかと推察される。
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by banbeimania | 2007-06-28 00:07 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

西春日井郡豊山町青山日吉神社の蕃塀

 西春日井郡豊山町大字青山字北浦に所在する日吉神社は、養老年中に滋賀県日吉山王よりその分神を勧請して創建されたと伝えられる。元治二年の棟札が存在する。大巳貴神を祭神とする。

 青山日吉神社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約1.9m、屋根長約3.8m、屋根巾約1.3mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。地面に直接コンクリート製の直方体の基礎を3個据えて、その上に土台木を設置し、角柱4本を立てている。基礎は正面から見て両側に大きな隙間が空いた状態で、蕃塀本体の土台木は両側が横に突き出ている。角柱には下から順に貫と内法長押を通し、上端は棟木を渡す。角柱に簡略化した雲形腕木を配置し表裏両面の桁を支え、直接屋根を載せている。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、反りを持たない直線屋根となっている。大棟の両端は横に突き出ている。蕃塀の中央には連子窓、連子窓の上には一枚板の羽目板、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木材で造られている。

 青山日吉神社は正面から灯籠、一の鳥居、灯籠、二の鳥居、蕃塀、狛犬、壁は無いがガラス格子戸が嵌め込まれた拝殿、狛犬を通じて基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 青山日吉神社の蕃塀は3間巾であるが、規模はそれほど大きくない。基礎が透かし状に大きく隙間がある構造は、非常に珍しい。一般に連子窓の上下には長押を渡す場合が多いが、本事例は一見長押のように見えて実は構造が異なっている。製作年代は不詳であるが、そんなに古いものではないように感じられる。
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by banbeimania | 2007-06-27 00:09 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

西春日井郡豊山町豊場神明社の蕃塀

 西春日井郡豊山町大字豊場字伊勢山に所在する神明社は、創建年代は不明である。当地の開発をした人々が伊勢皇大神宮の分神を勧請して創立された。祭神は天照大御神である。

 豊場神明社の蕃塀は、1間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.2m、屋根長約2.8m、屋根巾約0.5mを測り、両側に控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。地面に直接切り石による礎石と布基礎を配置し円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から下位羽目板部、貫、連子窓部、貫、上位羽目板部の順に石材を積み重ねている。下位羽目板部は区画分けを行わず、特に紋様が施されていない。上位羽目板部は、全体に「神明社」という文字が彫刻されている。下位羽目板裏面には「昭和四十年四月氏子中建之」と刻まれている。円柱の上位に認められる雲形腕木を模した張り出しは存在しない。連子窓部は角柱を7本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、その上に大棟が配置され外側にわずかに突き出ている。

 豊場神明社は正面から灯籠、鳥居、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠を経て基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 豊場神明社の蕃塀は、上位羽目板部の全体が扁額状に「神明社」と大書されている点が最大の特徴といえる。昭和40年(1975)に製作されたことは判明するが、作者は不明である。
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by banbeimania | 2007-06-26 00:26 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

西春日井郡豊山町豊場八所神社の蕃塀

 西春日井郡豊山町大字豊場字木戸に所在する八所神社の旧社名は物部神社といった。境内の由緒書きによれば、物部氏が当地を開拓した際に大和国布留にある石上神宮より分神を勧請し創建された。「延喜式神名帳」にある尾張国春日部郡豊場郷の物部神社に相当するという。『豊山町史』によれば、社殿は幾多の増改築を経ており、大正4年には拝殿を造営しているという。宇麻志麻治命を祭神とする。

 豊場八所神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.2m、全高約2.6m、屋根長約4.2m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれたコンクリート製基壇上に切り石による礎石と布基礎を配置し円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱を2本立てて3つの区画に分けており、各区に立体的な獅子紋が施されている。透かし部は、波涛を泳ぐ双龍紋が彫刻されている。龍紋は2匹の龍が向かい合い、1匹の頭部は左端、もう1匹の頭部はほぼ中央に配置されるCタイプに属する。3区画の羽目板裏面には「昭和十三年二月 初老祈念 イロハ順 (地名+人名19名分) 東ビワジマ町 石工荒木弥助」と刻まれている。円柱の上位に雲形腕木を模した張り出しが前後に付属している。連子窓部は角柱を13本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、その上に大棟が配置され外側に少し突き出ている。控え柱も石造で頭部が擬宝珠状に形作られている。


 豊場八所神社は正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠群を通じて基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 豊場八所神社の蕃塀は昭和13年(1938)に荒木弥助によって製作されたが、基礎部分の構造は新しいものと思われる。これについては、蕃塀の裏側には低い石碑が参考になる。石碑には「平治門改修工事 社務所改修工事 (人名33名分) 豊場解脱会 五十音順 平成十年六月吉日」と記されていた。ここでいう「平治門」は蕃塀を指していると思われ、平成10年(1998)に基礎を中心に改修されたものと理解できよう。
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by banbeimania | 2007-06-25 00:06 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

丹羽郡扶桑町の蕃塀

 愛知県神社庁の資料によれば、丹羽郡扶桑町には9社の神社が記載されている。私はこの3月までにこの9の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した8例である。具体的には、山那山那神社、楉埜神社、高雄船塚社、託美神社、柏森神社、南山名山那神社、小渕神明社、高木高熊神社である。

 この他の大字斉藤字宮添に所在する前利神社には、蕃塀は認められなかった。前利神社は『延喜式神名帳』にある前刀神社、『本国神名帳』にある従三位前利天神に相当し、『続日本後紀』に「承和八年(841)四月乙巳県主前刀連氏益賜姓県連神八井命之後云々」とある。創建年代は不詳であるが、江戸時代には尾張藩徳川家に尊崇され、近代においても旧県社として格調が高かった神社である。犬山市大県神社にも蕃塀が見られないなどの事例と合わせてみると、神社の規模や格式あるいは古い伝統を持つか否かなどの視点で、蕃塀の有無を安易に結びつけて考えるわけにはいかないだろう。

 さて話を元に戻すと、丹羽郡扶桑町では、愛知県神社庁のリスト中の約9割の神社で蕃塀が存在するという結果となった。これまで紹介してきた中では、丹羽郡大口町を上回り、最も濃密に蕃塀が分布するエリアということができる。このうち木造の蕃塀を持つものが7社存在し、高い割合を占めている。犬山市を含めた旧丹羽郡では、木造連子窓型蕃塀が優勢を占めていた地域であったと評価できよう。
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by banbeimania | 2007-06-24 00:02 | 探索の記録 | Comments(0)

丹羽郡扶桑町柏森神社の蕃塀

 丹羽郡扶桑町大字柏森字丙西屋敷に所在する柏森神社は、明治41年(1908)に白山社と大明神社が合祀されてできた神社である。白山社の創立年代は不明であるが、『古社寺取調書』に「文明18年(1486)以前の創立は棟札により瞭然たり」とあると『扶桑町史』に記載されている。また、大明神社は『本国帳』にある従三位松杜天神と考証されているという。祭神は伊弉諾命・大己貴命・菊理姫命・惶根命である。

 柏森神社の蕃塀は3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.5m、全高約2.6m、屋根長約4.4m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれた基壇上に切り石による礎石を配置し円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から貫、羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱を2本立てて3つの区画に分けており、左右に立体的な獅子紋、中央に馬紋が施されている。透かし部は、波涛を泳ぐ双龍紋が彫刻され、中央に「奉納」と記された扁額が彫刻されている。龍紋は頭部を透かし部の中央に寄せた状態で2匹の龍が向かい合うDタイプに属する。中央の羽目板裏面には「昭和三十年十月建之 寄附者(人名1名分)」と刻まれている。この左隅には小さな文字で「石工 小室 奥村」とも記されている。円柱の上位に雲形腕木を模した張り出しが前後に付属している。連子窓部は角柱を13本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、その上に大棟が配置され外側に少し突き出ている。控え柱も石造で頭部が擬宝珠状に形作られている。

 柏森神社は、正面から鳥居、灯籠群、蕃塀、百度石、壁の無い吹き抜けの拝殿、狛犬や移殿を経て基壇上の本殿施設群に至る構成となっている。

 柏森神社の蕃塀は、扶桑町では珍しい石造の蕃塀であった。刻書にある「石工 小室 奥村」とは、扶桑町柏森に所在する有限会社小室石材店と奥村石材店を指していると思われる。神社に極めて近い(おそらく氏子か)石工の作品であるため、刻書に地名を入れなかったものと考えられる。羽目板部表面中央に馬を描く事例は珍しく、この石工の作品における特徴なのかもしれない。
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by banbeimania | 2007-06-23 21:29 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

丹羽郡扶桑町高木高熊神社の蕃塀

 丹羽郡扶桑町大字高木字福に所在する高熊神社は、明治43年(1910)に高木に所在した熊野社と桜木にあった白山社と吉山に鎮座した八王子社の3社が合祀されて改称した神社である。熊野社の創立年代は不明であるが、文明年間(1469〜1486)以前には存在していた。祭神は伊弉册命・速玉乃男命・事解乃男命・伊弉諾命・大国主命・菊理姫命・正哉吾勝勝速日天忍穂耳命・天穂日命・天津日子根命・活津日子根命・田心姫命・熊野樟日命・湍津姫命・市杵島姫命である。

 高木高熊神社の蕃塀は、3間巾の木造桟瓦葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.2m、全高約2.5m、屋根長約4.1m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる布基礎を設置し、その上に土台木を設置し角柱4本を立てている。角柱には下から順に腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。角柱に雲形肘木と腕木を配置し表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せている。屋根は切妻造りで桟瓦葺きされ、反りの無い直線屋根となっている。降棟などを持たず比較的単純な屋根瓦構造であるが、大棟の両端には鬼瓦を配置し上位に鯱瓦を置く。蕃塀の中央には連子窓、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木材で造られているが、その上さらに金属棒による支えが両面に設置されている。

 高木高熊神社は正面から灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、狛犬、灯籠の順に構成され、さらにその奥の基壇上には狛犬と本殿施設群が存在する。壁の無い拝殿は通常妻の部分を正面に向けているが、本神社では屋根面を正面に向けている。

 高木高熊神社の蕃塀は3間巾であるが、規模はやや小さい。蕃塀本体の材は痛みが進んでいて、補強材を必要とする状態である。それに比べ土台木と屋根がしっかりとした構造になっていることから見て、比較的最近に基礎にコンクリートと土台木を新たに作り替えて屋根も新しくしたと推測される。したがって、蕃塀本体はそれなりに古いものであると考えられよう。なお、蕃塀とは全く関係ないが、百度石の大きさにはちょっと驚くものがある。
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by banbeimania | 2007-06-22 21:48 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

丹羽郡扶桑町小渕神明社の蕃塀

 丹羽郡扶桑町大字小渕字本郷に所在する神明社は、天照大御神と豊受大御神を祭神とする。創立年代は不詳であるが、明治42年(1909)に熊野社・稲荷社・金刀比羅社などが合祀された。

 小渕神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.8m、全高約2.7m、屋根長約5.6m、屋根巾約1.9mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。下部をコンクリート、上部を切り石で周囲を囲む基壇上に、切り石による布基礎を設置し、円柱4本を立てている。円柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。円柱に方形の肘木と腕木を配置し表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せている。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、反りの無い直線屋根となっている。大棟の両端は外側に突き出し鬼板を配置しない。蕃塀の中央には連子窓、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。長押には柱の交差部分の釘隠しに金銅製飾りが施されている。控え柱は全て木材で造られているが、基礎部分は石材で補われている。

 小渕神明社は正面から灯籠、鳥居、灯籠、百度石、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、移殿、狛犬を通じて基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 小渕神明社の蕃塀は3間巾で、規模が小さいとは言えない。ただし、構造面では、屋根の反りが無く鬼板も持たないこと、肘木と腕木が単純な形状であることなど簡素な特徴が見られる。残存状況などからみて比較的新しい作品ではないかと想像している。
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by banbeimania | 2007-06-21 22:41 | 蕃塀の事例 | Comments(0)