蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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<   2007年 08月 ( 25 )   > この月の画像一覧

海部郡大治町の蕃塀

 愛知県神社庁の資料によれば、海部郡大治町には22社の神社が記載されている。私はこの7月までにこのうちの22の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した4例である。具体的には、西條南屋敷八劔社、八ツ屋春日社、花常八幡社、堀之内天神社である。

 この他の西条箱根社、長牧八幡社、長牧前田社、北間島八王子社、東条神明社、鎌須賀白山社、鎌須賀神明社、堀之内神明社、馬島社、三本木白山社、砂子白山社、砂子十二所社、砂子浅間社、砂子秋葉社、砂子稲荷社、西条殿池社、西条諏訪社、西条田之社の18柱には蕃塀は認められなかった。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない西条狐海道八劔社、鎌須賀秋葉社にも蕃塀は認められなかった。

 以上の結果、海部郡大治町では、愛知県神社庁のリスト中の約18.2%の神社で蕃塀が存在するという結果となった。この数値は、これまで紹介してきた中では、愛西市の約16.1%、知多郡武豊町の約15.4%、津島市の約13.6%、名古屋市中区の12.5%、名古屋市天白区の約11.1%よりもやや多いが、丹羽郡扶桑町や大口町などの分布密度の高いエリアと比べると明らかに少ない。なお、大治町に存在する蕃塀は全て石造連子窓型蕃塀であった。
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by banbeimania | 2007-08-31 00:04 | 探索の記録 | Comments(0)

海部郡大治町堀之内天神社の蕃塀

 海部郡大治町大字堀之内字郷中に所在する天神社については、由緒などを記した資料を入手することができず、詳細は不明である。社名からみて祭神は菅原道真と思われる。

 堀之内天神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.6m、屋根長約3.9m、屋根巾約0.8mを測り、両側は控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれた基壇に礎石と布基礎を配置し、その上に円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部はやや幅広い角柱を2本立てて3つの区画に分けており、表面は全ての区画に倒立した獅子紋が、裏面は両側の区画に倒立した虎紋が彫刻されている。なお、表面中央の獅子は鞠を抱いている。中央の区画裏面には「昭和十一年八月 寄附人 (人名3名分、1家族分)」と刻まれている。透かし部は双龍紋が描かれ、その形状は龍の頭部が左端と中央に配置されて向かい合うCタイプであった。右側円柱の裏面に「ナゴヤ西区八坂町 石匠角田六三郎」と記されていた。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後にあり、連子窓部は角柱を12本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、大棟は両端には紋様を施した鬼板が置かれている。大棟の正面には丸に梅紋が存在する。控え柱は全て石製で頭部は丁寧に宝珠に形作られている。

 堀之内天神社は正面から狛犬、灯籠、鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、神牛、狛犬から基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 堀之内天神社の蕃塀は、昭和11年(1936)に名古屋市西区の石工角田六三郎が製作したものである。透かし部の双龍紋はCタイプであるが、角田六三郎の作品でCタイプに属するものには、北名古屋市石橋八幡社の蕃塀がある。
 ところで昨日、羽目板部の裏面にも紋様のある八ツ屋春日社の蕃塀は津島の石工による作品ではないかと推測したが、堀之内天神社の蕃塀は石工角田六三郎の作品でありながら羽目板部の裏面にも紋様が存在した。この事実を鑑みると、昨日の推測は間違っているかも知れない。
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by banbeimania | 2007-08-30 00:27 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

海部郡大治町八ツ屋春日社の蕃塀

 海部郡大治町大字八ツ屋字郷内に所在する春日社については、由緒などを記した資料を入手することができず、詳細は不明である。社名からみて祭神は天児屋根命、武甕槌命、経津主命、姫大神と思われる。

 八ツ屋春日社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.5m、全高約2.3m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.7mを測り、両側は控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。低いコンクリート製基壇に礎石と布基礎を配置し、その上に円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は円柱を2本立てて3つの区画に分けており、表面は両側の区画に倒立した獅子紋が、中央の区画には雄鹿紋が施されている。一方、裏面は両側の区画に波涛上に鳥が1羽飛翔する紋様が彫刻され、中央の区画には「昭和七年五月 寄附人 (地名+人名3名分)」と刻まれている。透かし部は双龍紋が描かれ、その形状は頭部を両端に配置して向かい合い中央に扁額を持たないAタイプであった。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、大棟は両端が外側に反りながら突き出ている。控え柱は全て石製で頭部は宝珠に形作られている。

 八ツ屋春日社は正面から灯籠、一の鳥居(木造)、灯籠群、二の鳥居(石造)、狛犬、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠群、狛犬から基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 八ツ屋春日社の蕃塀は、作者は不明ながらも昭和7年(1932)に製作されたもので、透かし部の双龍紋はAタイプであった。これまで確認されたAタイプの双龍紋を持つ蕃塀は、作者不明の蕃塀と愛西市所在の蕃塀を除き、全て名古屋市西区の石工角田六三郎の手によるものであった。従って、八ツ屋春日社の蕃塀もこの角田六三郎の作品の可能性があるといえる。しかし、津島の石工の作である愛西市西川端神明社の蕃塀は、羽目板部の裏面にも狛犬などの紋様が彫刻されていて、八ツ屋春日社の蕃塀とは紋様の種類こそ違うが裏面に紋様が存在する点は共通である。ここでは、この点を重視して、八ツ屋春日社の蕃塀は津島の石工による作品ではないかと推測しておきたい。
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by banbeimania | 2007-08-29 00:24 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

海部郡大治町西条八劔社の蕃塀

 海部郡大治町大字西条字南屋敷に所在する八劔社については、由緒などを記した資料を入手することができず、詳細は不明である。祭神は日本武尊であると思われる。

 西条八劔社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.0m、全高約2.6m、屋根長約3.9m、屋根巾約0.7mを測り、両側は控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。低いコンクリート製基壇に礎石と布基礎を配置し、その上に円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は円柱を2本立てて3つの区画に分けており、表面は両側の区画に倒立した獅子紋が、中央の区画には虎紋が施されている。一方、裏面は両側の区画に波涛紋が、中央の区画には雲がかかる富士山が描かれている。右側裏面の波涛紋の上に鳥が3羽飛んでいた。透かし部は双龍紋が彫刻され、その形状は龍の頭部が左端と中央に配置されて向かい合うCタイプであった。左側円柱の側面には「昭和三年十月」、同じ裏面には「ナゴヤキクヰ町 石工角田乙吉」、右側円柱の側面には「寄附人 (人名3名分)」、そして連子窓部上位の貫表面には「御大典記念」の文字がそれぞれ刻まれている。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後にあり、連子窓部は角柱を12本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、大棟は両端が外側に反りながら突き出ている。控え柱も全て石製で頭部は宝珠に形作られている。

 西条八劔社は正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠群、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿から移殿と狛犬を通じて、基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 西条八劔社の蕃塀は、昭和3年(1928)に名古屋市西区菊井町の石工角田乙吉によって製作されたものである。これまで確認された石工角田乙吉の手による石造蕃塀には、津島市宇治手力雄命社(昭和3年)の事例がある。西条八劔社と宇治手力雄命社の蕃塀は、透かし部や羽目板部の紋様構成が異なっているが、羽目板部の動物紋が愛らしい雰囲気は共通しているように感じられる。
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by banbeimania | 2007-08-28 00:06 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

海部郡大治町花常八幡社の蕃塀

 海部郡大治町大字花常字東屋敷に所在する八幡社については、由緒などを記した資料を入手することができず、詳細は不明である。祭神は応神天皇であると思われる。

 花常八幡社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.6m、屋根巾約0.6mを測り、両側は控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。非常に低いコンクリート製基壇?に礎石と布基礎を配置し、その上に円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部はやや幅広い角柱を2本立てて3つの区画に分けており、表面は両側の区画に倒立した獅子紋が、中央の区画には鳩と思われる鳥2羽の紋様が施されている。透かし部は双龍紋が彫刻され、頭部を中央寄りに配置して中央に「八幡神社」と記された扁額を持つDタイプであった。左側羽目板部の裏面には「昭和三十年一月」、中央羽目板部の裏面には「還暦紀念 (地名+人名等1名分)」、右側羽目板部の裏面には「東枇杷島町 荒木石材店作」と刻まれている。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後と外側にあり、連子窓部は角柱を10本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、大棟は両端が外側に反りながら突き出ている。

 花常八幡社は正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠群、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿から基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。本殿施設群には祭文殿?らしき拝殿状の建物、渡殿、本殿などが存在する。

 花常八幡社の蕃塀は、昭和30年(1955)に名古屋市西区東枇杷島町の荒木石材店によって製作されたものである。この荒木石材店は、現在ネット上では存在していないようであるが、想像するに戦前に作品を多く製作した東枇杷島の石工荒木弥助に由来する石材店だったと思われる。なお、これまで確認された石工荒木弥助の手による石造蕃塀には、海部郡甚目寺町方領八幡社の蕃塀、西春日井郡豊山町豊場八所神社の蕃塀、北名古屋市九ノ坪十所社の蕃塀の3事例がある。
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by banbeimania | 2007-08-27 00:35 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

愛知郡東郷町の蕃塀

 今日も尾張東端部に位置する愛知郡東郷町における蕃塀の有無を確認したい。

 愛知県神社庁の資料によれば、東郷町には6社の神社が記載されており、私は昨日までにこれらを踏破することができたが、蕃塀を持つ神社は全く存在しないことを確認した。

 具体的に参拝した神社は、春木西前春日社、春木富士浅間神社、春木山神神社、春木上之畑春日社、和合春日社、諸輪白鳥神社の6社である。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない東郷諸輪御嶽神社にも蕃塀は認められなかった。

 前日に引き続き、尾張の中でも旧三河国の国境付近の蕃塀について考えると、豊明市および東郷町に蕃塀が無いことから見て、やはり西三河と同様に蕃塀が分布しない地域であるといえそうだ。
 ところで、諸輪白鳥神社を参拝した際に、丁度ご祈祷?を終えられた(おそらく春木富士浅間神社の)宮司様と偶然いろいろとお話しする機会を得た。そこで宮司様から「東郷町と日進市には蕃塀は無いよ」とご教示いただいた。この情報も加えると、上述の仮説はより一段と確からしいことになるといえよう。(情報ありがとうございました。でも、マニアだから日進市も自分の目で確かめる予定ですが)
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by banbeimania | 2007-08-26 00:55 | 探索の記録 | Comments(2)

豊明市の蕃塀

 今日は、尾張東端部に位置する豊明市における蕃塀の有無を確認したい。

 愛知県神社庁の資料によれば、豊明市には19社の神社が記載されており、私は本日までにこれらを踏破することができたが、蕃塀を持つ神社は全く存在しないことを確認した。

 具体的に参拝した神社は、沓掛一之御前社、沓掛神明社、沓掛諏訪社、沓掛住吉社、沓掛鹿嶋社、沓掛八龍社、沓掛豊明神社、沓掛八幡社、沓掛山神社、新田吉池八劔社、新田森西八剱社、大久伝八幡社、三崎八幡社、二村台神明社、間米八幡社、阿野八劔神社、前後神明社、新栄神明社、栄町神明社の19社である。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない沓掛勅使池白山社にも蕃塀は認められなかった。

 旧三河国の国境付近については、まだ調査が進んでおらず、あまり状況は明らかではない。強いていえば、名古屋市天白区で島田神社の事例、および知多郡武豊町で武雄神社と富貴八幡社の2事例が存在する程度であり、半田市と知多郡阿久比町では全く蕃塀は存在しないことが判明している。豊明市に蕃塀が無いことから見て、旧三河国の国境付近の尾張東部も、西三河と同様に、蕃塀が分布しない地域であるといえるかもしれない。
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by banbeimania | 2007-08-25 22:25 | 探索の記録 | Comments(0)

安城市の蕃塀

 今日は、西三河に属する安城市における蕃塀の有無を確認したい。

 愛知県神社庁の資料によれば、安城市には54社の神社が記載されており、私はこの8月中にこれらを踏破することができたが、蕃塀を持つ神社は全く存在しないことを確認した。

 具体的に参拝した神社は、村高天神社、川島八柱神社、桜井靖霊神社、櫻井神社、姫小川浅間神社、小川山中八幡社、小川神明社小河天神社合殿、小川荒神社、小川稲荷社、小川熱田社、小川天神社、小川素盞嗚社、木戸春日神社、藤井熊野神社、野寺八幡社、寺領素盞嗚神社、石井神明社、城ケ入白山神社、根崎八幡神社、東端八剱神社、榎前八剱神社、和泉八剱神社、里町不乗森神社、柿崎和志取神社、尾崎熊野神社、字頭茶屋内外神明社、浜屋日吉社、東栄明治川神社、今本白山比売神社、北山崎蔵王神社、西別所神明社、東別所神明社、別郷市杵島姫社、高木日長神社、山崎神明社、大岡白山神社、上條水分神社、上條白山媛神社、河野神明宮、古井神社、安城若一王子社、安城八幡社、花ノ木八幡社、桜町安城神社、赤松若松社、箕輪神明神社、福釜神明神社、高棚神明神社、緑町二本木八幡社、新田市杵島姫社、明治本町稲荷社、池浦天満宮、篠目八幡宮、井杭山高津社の54社である。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない東町獅子塚秋葉神社にも蕃塀は認められなかった。

 既に碧南市、額田郡幸田町と高浜市でも蕃塀がないことが確認されており、この安城市における状況は西三河に蕃塀が分布しない地域であることを追認したものといえる。
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by banbeimania | 2007-08-24 21:35 | 探索の記録 | Comments(0)

津島市の蕃塀

 夏休みを取ったため、少し間が空いてしまいました。今日から再開したいと思います。再開の第1回目は、津島市の蕃塀の総括編です。

 愛知県神社庁の資料によれば、津島市には59社の神社が記載されている。私はこの7月までにこのうちの59の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した8例である。具体的には、青塚白山社、寺野神社、蛭間八幡社、憶感神社、宇治手力雄命社、白浜神明社合殿八幡社、百島春日神社、津島神社である。

 この他の、牧野浪寄社、蛭間諏訪社、蛭間逆川社、蛭間神明社、神守穂歳社、大木神明社、光正寺神明社合殿八幡社、宇治八劔社、宇治三躰社、葉苅秋葉社、葉苅熊野社、莪原八劔社、大坪日破社、神尾七所社、金柳神明社、高台寺神明社、高台寺白山社、高台寺雨神社、百町春日社、百町神明社、百町白山社、百町立山社、百町若宮八幡社、牛田日吉社、百島白山社、椿市八幡社、越津梁川八幡社、鹿伏兎諏訪社、鹿伏兎熱田社、鹿伏兎富士浅間神社、半頭神明社、半頭白山社、中一色神明社、中一色神力御嶽神社、中一色神社、唐臼神社、下切神明社、愛宕町愛宕社、古川神明社、新開一本木社、本町3-24秋葉社、本町3-9秋葉社、天王通白山社、兼平秋葉社、米之座熊野社、城之越山神社、橋詰秋葉社、筏場社、舟戸白山社、日光秋葉社、宮川御嶽社の51柱には蕃塀は認められなかった。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない金町堤下神社、米町市神社にも蕃塀は認められなかった。

 以上の結果、津島市では、愛知県神社庁のリスト中の約13.6%の神社で蕃塀が存在するという結果となった。この数値は、これまで紹介してきた中では、愛西市の約16.1%、知多郡武豊町の約15.4%、名古屋市中区の12.5%、名古屋市天白区の約11.1%に近似しており、丹羽郡扶桑町や大口町などの分布密度の高いエリアとは異なる。
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by banbeimania | 2007-08-23 20:03 | 探索の記録 | Comments(0)

津島市蛭間八幡社の蕃塀

 津島市蛭間町字西屋敷に所在する八幡社については、由緒などを記した資料を入手することができず、詳細は不明である。社名から、祭神は応神天皇と思われる。

 蛭間八幡社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.4m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート敷の参道に切り石による礎石と布基礎を配置し円柱を2本立てて屋根を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、貫、連子窓部、貫、透かし部の順に石材を積み重ねている。羽目板部は角柱を2本立てて3つの区画に分けており、両側の区画に獅子紋が、中央の区画に牡丹紋が彫刻されている。透かし部は中央に幅広い角柱を置きその両側には方形の透かしが施されたものであった。羽目板部の左側柄柱裏面には「昭和六十年三月吉日建立」、右側柄柱裏面には「御造営記念 氏子中」と刻まれて白が入っている。右側羽目板部の片隅に「石の産地岡崎 石工品製造販売 岡崎石工団地(協) 岡崎市上佐々木町字梅ノ木48 (電話番号)」と記された金属製プレートが貼付されている。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後と外側にあり、連子窓部は角柱を9本立てて造られる。屋根は寄せ棟状に切り出され、屋根面は曲面を持って盛り上がるタイプである。大棟は両端が外側に全く突き出さない。控え柱も全て石製で、控え柱の頭部は宝珠に形作られている。

 蛭間八幡社は正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠群、狛犬、コンクリート製平入の拝殿から本殿に至る構成を持つ。鳥居から拝殿までの参道はコンクリート敷で、蕃塀の周囲は、参道がその分広く設定されている。

 蛭間八幡社の蕃塀は、昭和60年(1985)に岡崎石工団地協同組合によって製作された新しいものである。岡崎石工団地は77社の石屋が並ぶ石の総合センターで、昭和37年(1962)に石製品工業団地造成促進協議会を結成し、昭和39年(1969)に岡崎石製品工業団地協同組合設立が認可されたものである。本蕃塀は、羽目板部の各紋様の下部に地面?が立体的に表現されていて、これまでの事例にはあまり見られない特徴となっている。
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by banbeimania | 2007-08-18 00:16 | 蕃塀の事例 | Comments(0)