蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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神社探訪余話(11)年末年始と神社

 今年も本日で幕を閉じようとしている。不景気の嵐が吹き荒れる中、来年は良い年であって欲しいと切に願っている。

 さて、年末年始では、蕃塀マニア的神社の参拝は休業とならざるを得ない。大きな神社や有名な神社では、初詣や二年参りなどの参拝者で大変にぎわうであろうし、そうでなくてもそれぞれの氏神としての神社でも、大祓や元旦祭などの諸行事が行われるのが通例である。秋祭りの際などもそうであるが、お取り込み中の神社での蕃塀調査のための参拝は、甚だ場違いなもので、場合によっては迷惑になってしまうこともあるだろう。だから初めから自粛しているのである。

 かくいう私も、年末年始は地元の神社での諸行事や初詣の接待などに少なからず関わらなければならないし、そもそも年末年始(くらい)は家のことをしなければ家族が許してくれないのである。

 というわけで、みなさま、良いお年をお迎え下さい。
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by banbeimania | 2008-12-31 01:06 | 探索の記録 | Comments(0)

岩倉市鈴井八幡社の蕃塀

 岩倉市鈴井町立切に所在する八幡社は、創建年代などの由緒は不詳である。境内にある石碑によれば、昭和11年(1936)に拝殿、昭和13年(1938)に本殿が新築されているという。社名からみて、祭神は応神天皇と推測される。

 鈴井八幡社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.3m、全高約2.3m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画に牡丹と獅子紋が彫刻されていた。裏面は、両区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていて、左側には「敬神會員 (人名7名分)」、右側には「(人名7名分) コメノ 石工井上刻」の文字が刻まれている。束柱の裏面には「昭和十年十月建之」と記されている。欄間部は、中央に扁額を持たず、頭部を中央に寄せて配置される双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ている。

 鈴井八幡社は、正面から神門、灯籠、鳥居、参道を直角に折れて灯籠、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 鈴井八幡社の蕃塀は、昭和10年(1935)に北名古屋市米野の石工井上によって製作されたものである。石工井上による蕃塀は、本例で5例目となるが、本蕃塀はその中でも岩倉市石仏津島社の蕃塀に類似している。
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by banbeimania | 2008-12-30 20:27 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市石仏津島社の蕃塀

 岩倉市石仏町天王南に所在する津島社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は建速須佐之男命と推測される。

 石仏津島社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.5m、全高約2.3m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画に牡丹と獅子紋が彫刻されていた。裏面は、両区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。束柱の裏面には「昭和十二年四月建之 寄附人 (人名2名分)」、右側羽目板裏面には「コメノ 石工井上刻」の文字が刻まれている。欄間部は、中央に扁額を持たず、頭部を中央に寄せて配置される双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ている。

 石仏津島社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿)に至る構成を持つ。

 石仏津島社の蕃塀は、昭和12年(1937)に北名古屋市米野の石工井上によって製作されたものである。石工井上による蕃塀には、本例の他に北名古屋市鹿田若宮神社の蕃塀(1935)、清須市西田中神明社の蕃塀(1937)および岩倉市北島白髭社の蕃塀(製作年不明)がある。これまでに紹介した石工井上による蕃塀は、羽目板には造形的な彫刻は見られなかったが、石仏津島社の蕃塀には牡丹と獅子紋が彫刻されていた。これは、他の作者の彫刻に比べ、獅子や牡丹以外の部分の表現も丁寧になされていて絵画的に造られている点が特徴であろう。
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by banbeimania | 2008-12-29 21:34 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市石仏八剱社の蕃塀

 岩倉市石仏町往還東南に所在する八劔社は、創建年代などの由緒は不詳である。拝殿内の掲示によれば、祭神は須佐之男命である。

 石仏八劔社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.4m、全高約2.2m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画に獅子紋が彫刻されていた。裏面は、左側の羽目板に「昭和十三年一月 初老紀念」、中央の羽目板に人名3名分、右側の羽目板に「(人名4名分) 岩倉町 石工石甚」の文字が刻まれている。欄間部は、中央に扁額を持たず、頭部を中央に寄せて配置される双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 石仏八劔社は、正面から神門、灯籠、鳥居、参道を直角に折れて、灯籠、蕃塀、狛犬、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿)に至る構成を持つ。

 石仏八劔社の蕃塀は、昭和13年(1938)に岩倉の石工石甚によって製作されたものである。この石甚は現在岩倉市中本町に所在する有限会社石甚石材店に相当すると思われる。石工石甚による蕃塀はその類例を今のところ知られていない。ところで、一宮市瀬部八剱社の蕃塀(1925)は、岩倉市の石工山本甚五郎によって製作されたものであるが、ここで登場した岩倉の石工石甚との関係が気になるところである。
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by banbeimania | 2008-12-28 11:24 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市神野熊野社の蕃塀

 岩倉市神野町又市に所在する熊野社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は熊野権現と思われる。

 神野熊野社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.2m、屋根長約2.6m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれ黒色の玉石を散らしたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画に獅子紋が彫刻されていた。羽目板裏面はその全体で人名144名分の氏名が刻まれている。また、円柱正面には「奉納」、右側の円柱側面には「昭和五十七年十二月建之」、右側後方の控え柱裏面には「石匠 岡崎市門前町 ??了(株)小林秋三郎商店」と記されていた。欄間部は中央に「熊野社」と浮き彫りされた扁額を持ち、その両側に頭部が両端に配置される双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 神野熊野社は、正面から神門、灯籠、鳥居、長い参道を経て県道を跨いで蕃塀、灯籠、狛犬から壁の無い吹き抜けの妻入拝殿と合体した基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 神野熊野社の蕃塀は、昭和57年(1982)に岡崎市の石工小林秋三郎商店によって製作されたものである。小林秋三郎商店は大正7年(1918)に創業した石材店で、現在は(協)岡崎石製品工場公園団地に属している。これまで紹介してきた小林秋三郎作の蕃塀には、漆部神社の蕃塀(1965)がある。両蕃塀は、獅子紋が斜めに倒立した形で浮き彫りされ、躍動的に表現されていた。
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by banbeimania | 2008-12-27 09:37 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市井上神明社の蕃塀

 岩倉市井上町井出南に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。『延喜式神名帳』に記される丹羽郡井出神社に比定する説もある神社である。境内裏に井出城跡があり、その城内に「小治田之真清水」があったという。祭神は大日霊尊である。

 井上神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.3m、全高約2.1m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面は特に装飾は見られないが、左側の羽目板裏面には「初老記念 (人名6名分) 昭和二十五年十月建之」の文字が刻まれていた。欄間部は、中央に「神明社」と浮き彫りされた扁額を立て、その両側には何も配置せず結果として方形の透かしが設けられているような状態であった。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱は全て石材で造られ、頭部は宝珠にはなっていない。

 井上神明社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、基壇上の壁の無い吹き抜けの平入拝殿?から連続して渡殿と本殿に至る構成を持つ。蕃塀の左手後方に壁の無い吹き抜けの拝殿状の建物が存在しており、これが本来の拝殿で妻入に建てられていたものと推測されよう。

 井上神明社の蕃塀は、昭和25年(1950)に製作されたが、作者は不明である。石造蕃塀は大正年間から昭和10年代までに造られるものが多く、昭和30年代以降の作品も散見されるが、本例のように昭和20年代に製作されたものは非常に珍しい。これまでのところ、丹羽郡大口町大御堂縣神社の蕃塀(昭和28年作)が知れるに過ぎない。なお、木造蕃塀では、北名古屋市訓原神社(昭和25年作か?)と名古屋市昭和区川原神社(昭和28年作か?)が昭和20年代に造られた可能性が指摘できるものである。
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by banbeimania | 2008-12-26 22:14 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市八剱町八剱社の蕃塀

 岩倉市八剱町郷に所在する八劔社は、創建年代などの由緒は不詳である。境内には由緒書きがあるが、石碑が大きすぎて読みにくく判読できていない。社名からみて、祭神は日本武尊と思われる。

 八剱町八劔社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.4m、全高約2.7m、屋根長約4.7m、屋根巾約1.6mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に方形肘木と方形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。下の羽目板には横桟が渡されていた。控え柱は石製、控え貫は木製で造られている。

 八剱町八劔社は、正面から神門、灯籠、鳥居、神木、灯籠、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿)に至る構成を持つ。

 八剱町八劔社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。かつて、木造連子窓型蕃塀を肘木と腕木の装飾の組み合わせで9つの類型に分けたことがあるが、本蕃塀のように肘木と腕木が共に方形となるもの(Eタイプ)には、丹羽郡大口町堀尾跡八剱社・丹羽郡大口町外坪神明社・犬山市大屋敷三明神社の蕃塀などがある。この結果から見て、肘木と腕木が共に方形となるもの(Eタイプ)は、旧丹羽郡に多く見られるものと思われる。
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by banbeimania | 2008-12-25 23:00 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市大地坂折社の蕃塀

 岩倉市大地町郷内に所在する坂折社は、創建年代などの由緒は不詳である。境内にある由緒書きによれば、太古より大地村民の守護神として信奉され、慶安2年(1649)に日本武尊を奉斎して今日に至るという。昭和61年(1986)に本殿や拝殿などを総改築した。祭神は日本武尊である。

 大地坂折社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.5m、全高約1.9m、屋根長約2.8m、屋根巾約0.5mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。高い切石製の基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表裏両面とも全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。左側円柱裏面には「昭和六十一年九月吉日」、右側円柱裏面には「御造営記念」、左右両側円柱表面には「奉納」の文字が刻まれていた。欄間部は、幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分け、その両側に隅丸方形の透かしが設けられていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石は外側に突き出ていない。控え柱は全て石材で造られ、頭部は宝珠に形作られていた。

 大地坂折社は、正面から神門、灯籠、鳥居、蕃塀、鳥居、灯籠、狛犬、基壇上のコンクリート製平入拝殿から連続して本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 大地坂折社の蕃塀は、昭和61年(1986)に製作されたが、作者は不明である。本蕃塀は、「御造営記念」の文字があることなどから、本殿や拝殿などの総改築と同時に造られたものと思われる。基壇が蕃塀の規模と比べて不釣り合いに大規模な印象があり、この点は珍しいといえる。
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by banbeimania | 2008-12-24 21:43 | 蕃塀の事例 | Comments(1)

岩倉市北島白髭社の蕃塀

 岩倉市北島町宮西に所在する白髭社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は猿田彦神と推測される。

 北島白髭社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.4m、全高約2.2m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.4mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。羽目板裏面には、全ての区画を通じて18名分の地名と人名が記され 「生田コメノ 石工井上□(金カ)」の文字で締めくくられていた。欄間部は、滴紋に「一」が刻まれたバチ型の束柱を1本立て2区画に分けられるが、それ以外の石材はなく、結果として概略方形の透かしが2つ開いている状態となる。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された直線屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱は無いが、主柱の前後に石製角材が斜めに支えとしてボルトにより固定されていた。

 北島白髭社は、正面から灯籠、神門、鳥居、灯籠群、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 北島白髭社の蕃塀は、北名古屋市米野の石工井上によって製作されたものだが、製作年代は不明である。石工の名称は氏と名が両方刻まれていたようであるが、私が参拝した時点で蕃塀背面に資材が置かれていたため、判読できなかった。今回「生田」という地名も刻まれていたことから、「コメノ」が北名古屋市に所在する米野と判明した。石工井上は、現在北名古屋市徳重に所在する有限会社井上石材店に該当すると思われ、その創業は明治28年(1895)にまで遡るという。石工井上による蕃塀には、本例の他に北名古屋市鹿田若宮神社の蕃塀(1935)と清須市西田中神明社の蕃塀(1937)があり、これらも北名古屋市米野の石工井上によるものであろう。
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by banbeimania | 2008-12-23 17:03 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市野寄八劔社の蕃塀

 岩倉市野寄町屋敷イに所在する八劔社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は日本武尊と推測される。

 野寄八剱社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.0m、全高約1.9m、屋根長約2.6m、屋根巾約0.5mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。左側の羽目板裏面には「米寿記念 (人名8名分) 平成十三年四月吉日 岩倉石工 石銀」の文字が刻まれ黒色に塗られていた。欄間部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、隅丸方形の透かしが開いている。円柱の柱頭に腕木板は前後と外側にあり、連子窓部は角柱を6本立てて非常にまばらな竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ている。

 野寄八剱社は、正面から鳥居、神門、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けのコンクリート造妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 野寄八剱社の蕃塀は、平成13年(2001)に岩倉市の石工石銀によって製作されたものである。石銀は岩倉市曽野町に所在する有限会社石銀石材に該当すると思われ、その作品には本蕃塀の他に一宮市千秋加納馬場松下津島社の蕃塀(1969)がある。両者とも形状はシンプルでありかつ端正な印象を持つものである。
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by banbeimania | 2008-12-22 22:27 | 蕃塀の事例 | Comments(0)