蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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小牧市宇都宮神社の蕃塀

 今日からは小牧市に所在する蕃塀を紹介していきたい。

 小牧市小木3丁目に所在する宇都宮神社は、今のところ創建年代などの由緒は不明である。『宇都宮神社奉賛会加入のおすすめ』の看板には、「今から一七六五年ほど前に御鎮座になった」と記されていた。境内には全長59mの前方後円墳である宇都宮神社古墳があり、昭和4年の本殿建立の際に竪穴式石室が発見され鏡が出土した。祭神も不明である。

 宇都宮神社の蕃塀は、3間巾の木造桧皮葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約4.4m、全高約2.9m、屋根長約6.2m、屋根巾約2.1mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲が囲まれ玉石が散りばめられたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石の上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木を渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で千木を持ち、桧皮葺きの表面に銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出て、上位には鰹木が8本置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、竪連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その先端は尖っている。

 宇都宮神社は、正面から神門、灯籠、鳥居、灯籠群、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠2対、狛犬2対、鳥居、狛犬群から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 宇都宮神社の蕃塀は、作者と製作年代は不明である。木造桧皮葺き連子窓型蕃塀はこれまでに13例存在し、本蕃塀のように表面を銅板で覆うものは9例目である。ただし、桧皮葺きで反りの無い直線屋根であるものは珍しいといえる。また、千木と鰹木を伴う蕃塀は、名古屋市北区志賀八幡社の蕃塀、丹羽郡大口町外坪宮前神明社の蕃塀、北名古屋市訓原神社の蕃塀、名古屋市昭和区御器所八幡宮の蕃塀の4事例がある。
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by banbeimania | 2009-02-28 22:08 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

神社探訪余話(12)つらいシーズン

 今年は暖かくなるのが早いようで、梅はもうほぼ満開である。春は梅や桜だけではなく、様々な生き物が春に活動を盛んにしており、人間も一般的には春を待ち望んでいる。ところが、いわゆる花粉症に悩まされている私にとっては、残念ながら春の到来は無条件に喜べるものではない。

 つい先日も、豊田市所在の猿投神社に参拝したのだが、それはもう大変なことになってしまったのである(そんな時にわざわざという意見もある)。自ずとこの季節は神社参拝のペースが落ちてしまうのが、ここ2、3年の傾向である。早く落ち着いてくれないかなあと切に願っている次第である。
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by banbeimania | 2009-02-26 22:53 | 探索の記録 | Comments(2)

江南市の蕃塀

 愛知県神社庁の資料によれば、江南市には53社の神社が記載されている。私はこの1月までにこの53柱の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した39例である。具体的には田代(小折)郷中神明社、田代(小折)南山神明社、田代(小折)竜神社、天王(小折) 津島社、高屋神社、力長若宮八幡社、中般若白山社、草井天神社、般若熱田社、和田天神社、和田八所社、勝佐日吉社、宮後須佐雄社、宮後井出神社、前野天満社、飛高白山社、小杁魚入神社、石枕石作神社神明宮、曽本神明社、寄木稲木神社、木賀東伊賀々原神社、尾崎白山社、北野天神社、今市場朝熊社、赤童子藤之宮、赤童子白山社、五明白髭社、上奈良神明社、東野神社、島宮八劔社、古知野神社、大海道神明社、村久野熱田社、前飛保白山社、松竹七所社、宮田大明神社、宮田川島神社、後飛保白山社の39柱である。

 この他の小郷(小折粟田木)神明社、山尻八幡社、宮後八幡社、宮後天道社、山王日吉社、安良八王子社、小折東松杜天神社、北山八劔社、五明布袋神社、中奈良熊野神社、中奈良白山神社、東野天宮神社、宮田神明大明神社、鹿子島生島神社の14柱には蕃塀は認められなかった。また、愛知県神社庁の資料に掲載されていない草井町宮西水神社にも蕃塀は認められなかった。

 以上の結果、江南市では愛知県神社庁のリスト中の約73.6%の神社で蕃塀が存在することが判明した。この数値をこれまで紹介してきた市町村と比較してみると、丹羽郡扶桑町(約88.9%)・岩倉市(約87.0%)を下回るものの、丹羽郡大口町(60%)・西春日井郡豊山町(約57.1%)・一宮市(約53.3%)・清須市(約52.9%)・北名古屋市(約46.3%)・春日井市(約45.5%)・稲沢市(約44.7%)・犬山市(約44.4%)などよりも多くなっている。この結果、江南市は蕃塀が非常に多く存在する地域と評価でき、さらに言えば旧丹羽郡では濃密に蕃塀が分布するエリアと表現できるかもしれない。
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by banbeimania | 2009-02-25 07:42 | 探索の記録 | Comments(0)

江南市宮田川島神社の蕃塀

 江南市宮田町四ッ谷に所在する川島神社は、詳細な創建年代は不明だが、聖武天皇の代と言われている。『延喜式神名帳』に記される葉栗郡川島神社は江戸時代には「今廃れて知る人なし」の状態で、その位置には諸説があるが、本社はそのうちの一つである。江戸時代は「午頭天王」と称していた。主祭神は水波売神である。

 宮田川島神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約5.4m、全高約2.5m、屋根長約6.2m、屋根巾約0.8mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を4本立ててその上に屋根石を載せる。円柱で区切られた各区画には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部、梁石の順に材を積み重ねている。各区画の羽目板部には束柱はなく、右側の区画には兎紋を、中央の区画には龍紋、左側の区画には波涛上を飛翔する鳥紋が表現されていた。裏面は全ての区画に角を丸く加工した方形枠が設けられ、中央の区画に「大正十二年一月建之 寄附人(人名3名分) 石工草井 伊神仙太郎」と刻まれていた。欄間部は中央の区画に「川島神社」と記された灰色の石材が置かれる他は特に装飾は認められない。最上部に梁石が配置され、その外側両端部は雲形に加工されていた。外側2本の円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は各区画に角柱を7本ずつ立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 宮田川島神社は、正面から一の鳥居、灯籠群を見ながら長い参道を経て、二の鳥居、灯籠群、三の鳥居、太鼓橋、灯籠、蕃塀、百度石、灯籠、狛犬、木造平入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 宮田川島神社の蕃塀は、大正12年(1923)に江南市草井の石工伊神仙太郎によって製作されたものである。この石工伊神仙太郎の手による蕃塀には、東野神社の蕃塀(1920)があり、江南市魚入神社の蕃塀(1911)と江南市草井天神社の蕃塀(1928)も関連が深いと考えられた。本蕃塀は石造であるにもかかわらず長大であることが特色の一つと言える。しかし、(1)主柱を4本持つこと、(2)梁石を持つことが、他の蕃塀には見られない最大の特徴と言えるだろう。
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by banbeimania | 2009-02-24 22:29 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市宮田大明神社の蕃塀

 江南市宮田町藤ノ森に所在する大明神社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には宮田村に大明神と天王があると記され、このうち大明神が本社に該当する。鳥居の脇にある石柱に「春日大明神」と記されているので、祭神は天児屋根命・武甕槌命・経津主命・比売神と推測される。

 宮田大明神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.0m、全高約2.3m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製参道に直接礎石を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は右側の区画に兎紋、中央の区画に竹に虎紋、左側の区画に波涛上を飛翔する鳥紋が表現されていた。裏面は右側の区画に「昭和四年三月 渡米紀念 (人名4名分)」と刻まれていた。欄間部は「大明神社」と記された扁額を置き、その両側には頭部を左端と中央寄りに配置する双龍紋が彫刻されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後と外側にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は入母屋状に切り出された直線屋根で、屋根面は2段に造られ、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ている。

 宮田大明神社は、正面から灯籠、鳥居、長い参道を経て蕃塀、灯籠群、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 宮田大明神社の蕃塀は、昭和4年(1929)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は、欄間部は双龍紋が板状の石材に彫刻されているが、上部は少し開き透かし状になっている。こうした事例は決して珍しいものではないが、江南市に所在する蕃塀にはあまり認められないものである。
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by banbeimania | 2009-02-23 01:15 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市松竹七所社の蕃塀

 江南市松竹町八幡に所在する七所社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には松竹村に七社権現があると記され、これが本社に該当する。社名からみて、7柱の諸神を祀っていると考えられるが、具体的な祭神を調べることは現段階でできていない。

 松竹七所社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.6m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲が囲まれたコンクリート製基壇に礎石を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面と裏面ともに全ての区画で角を丸く加工した方形枠が表現されていた。左側の羽目板裏面には「奉納 昭和二年八月建之」、中央の羽目板裏面には人名7名分、右側の羽目板裏面には「明治二十二年生 巳丑同年會 古知野 石工亀山銀蔵」の文字が記されていた。欄間部は「七所社」と記された扁額を置き、その両側には頭部を右端と中央寄りに配置する双龍紋が彫刻されていた。円柱の柱頭に独特な形状の腕木板が前後と外側にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された緩い反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ている。

 松竹七所社は、正面から灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、灯籠群、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠群、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 松竹七所社の蕃塀は、昭和2年(1927)に江南市古知野の石工亀山銀蔵によって製作されたものである。古知野の石工亀山銀造(蔵)による蕃塀には、江南市前飛保白山社の蕃塀(1923)、一宮市西海戸愛宕社の蕃塀(1925)、江南市赤童子白山社の蕃塀(1926)および島宮八劔社の蕃塀(1932)がある。少し前に、1920年代の亀山銀造による蕃塀は欄間部と羽目板部の装飾は角を丸く加工した方形透かしまたは枠のみであり、シンプルと記述したが、現状では「1926年までの」と修正しなければならない。また、本蕃塀の欄間部には、頭部を右端と中央寄りに配置する双龍紋があるが、これは極めて珍しい。一般に左右対称にならない双龍紋は頭部が左端と中央に配置されるもの(双龍紋分類のCタイプ)であり、本例は逆となっている。
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by banbeimania | 2009-02-22 08:52 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市後飛保白山社の蕃塀

 江南市後飛保町本郷に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には後飛保村に白山・神明があると記され、このうちの白山が本社に該当し、後に神明は白山社に合祀された。社名からみて、祭神は菊理姫命・伊邪那岐神・天照大神・大穴持神である。

 後飛保白山社の蕃塀は、3間巾の木造桧皮葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.0m、全高約2.7m、屋根長約4.8m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲が囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支えまばらに垂木を渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、桧皮葺きの表面に銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、竪連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その上さらに金属製支え棒が前後に設置されていた。

 後飛保白山社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 後飛保白山社の蕃塀は、作者と製作年代は不明である。木造桧皮葺き連子窓型蕃塀はこれまでに12例存在し、本蕃塀のように表面を銅板で覆うものには、名古屋市中区正木八幡社の蕃塀、名古屋市西区平田十所社の蕃塀、春日井市伊多波刀神社の蕃塀、春日井市二子白山神社の蕃塀、一宮市花池大神神社の蕃塀、一宮市西五城神明社の蕃塀、清須市西枇杷島宮前神明社の蕃塀、江南市高屋神社の蕃塀がある。
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by banbeimania | 2009-02-21 21:53 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市前飛保白山社の蕃塀

 江南市前飛保町西町に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には前飛保村に白山・神明があると記され、このうちの白山が本社に該当し、後に神明は白山社に合祀された。社名からみて、祭神は菊理姫命と思われる。

 前飛保白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.4m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と石製布基礎を置き、礎石の上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が表現されていた。裏面も全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられ、このうち右側の羽目板裏面には「大正十二年十月吉日 寄附者 (丸にハ) (人名2名分) 世話人 (人名1名分) 取持 村中 石工 コチノ 亀山銀蔵」の文字が記されていた。欄間部は円柱による束柱を中央に1本立て、その両側には角を丸く加工した方形透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。

 前飛保白山社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、百度石、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 前飛保白山社の蕃塀は、大正12年(1923)に江南市古知野の石工亀山銀蔵(=銀造?)によって製作されたものである。石工亀山銀造による蕃塀には、一宮市西海戸愛宕社の蕃塀(1925)と江南市赤童子白山社の蕃塀(1926)および島宮八劔社の蕃塀(1932)があり、本蕃塀はこれらよりも古いものであった。1920年代の亀山銀造による蕃塀は、欄間部と羽目板部の装飾は角を丸く加工した方形透かしまたは枠のみであり、シンプルといえよう。
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by banbeimania | 2009-02-20 21:43 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市村久野熱田社の蕃塀

 江南市村久野町宮出に所在する熱田社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には当代街道村久野村に大明神・白山・神明・八幡・あがた・天王・ちんじゅの7社があると記されている。この中で大明神が熱田大明神を意味し、本社に該当すると思われる。近代に入り、この7社が本社(熱田社)に合祀された。上記の経緯などからみて、祭神は熱田大明神などであると思われる。

 村久野熱田社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.3m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇や礎石などの基礎構造を持たず直接地面に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。基礎構造は土砂に埋もれてしまっている可能性が高いだろう。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が表現されていた。裏面は全ての区画で全く装飾や文字などが施されておらず、平滑なままであった。左側の主柱裏面には「大正五年十月建之 寄附人(人名2名分)」、右側の主柱裏面には「寄附人(地名+人名2名分)」の文字が記されていた。欄間部は「熱田社」と彫刻された扁額を中央に置き、その両側の空間に腰を高く上げた狛犬が配置されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は入母屋状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 村久野熱田社は、正面から灯籠、鳥居、灯籠群、百度石3基、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠群、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 村久野熱田社の蕃塀は、大正5年(1916)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は欄間部に阿吽の狛犬が置かれている点が特徴である。これまで紹介してきた蕃塀の中でこのようなタイプのものは存在しない。強いていえば、欄間部に鳩1羽が配置された稲沢市馬場八幡社の蕃塀と、欄間部に簡略化された雲形1対が配置された北名古屋市鹿田若宮社の蕃塀が似ているかもしれない。このうち北名古屋市鹿田若宮社の例は、「簡略化された雲形」をあえて無理矢理表現すれば「腰を高く上げた狛犬の形を簡略化したもの」といえなくもないものであった。
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by banbeimania | 2009-02-18 22:20 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市大海道神明社の蕃塀

 江南市大海道町神明に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には東大海道村に神明があると記され、これが本社に該当すると思われる。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 大海道神明社の蕃塀は、3間巾の木造トタン板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.7m、全高約2.1m、屋根長約3.4m、屋根巾約1.5mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に角柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に角を落とした方形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え直接に屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、トタン板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には横羽目板、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は石製、控え貫は木製で造られている。

 大海道神明社は、正面から灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 大海道神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。木造銅板葺き連子窓型蕃塀としては簡素な構造を呈しており、屋根板は雨水の影響で一部が腐食し破損していた。しかし、主柱と長押の交差部分では錺金具が設けられており、一定の装飾が施されているといえる。
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by banbeimania | 2009-02-17 00:43 | 蕃塀の事例 | Comments(0)