蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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小牧市多気東坂庭神社の蕃塀

 小牧市多気東町に所在する坂庭神社は、創建年代などの由緒は不詳である。『延喜式神名帳』に記される山田郡坂庭神社に相当する式内社と考えられている。平成元年(1989)に国道41号線の拡幅により社殿が移築された。祭神は国常立命・国狭槌命・天照皇大神である。

 坂庭神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約1.9m、屋根長約3.0m、屋根巾約0.4mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート敷参道に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面は、左側の区画で「大正十四年二月」、中央の区画で「寄附 (人名3名分)」、右側の区画で人名3名分の文字が刻まれていた。欄間部は琴柱形の束柱が2本設置され、3つの透かしが設けられている状態である。円柱の柱頭に腕木板はなく、連子窓部は角柱を7本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。

 坂庭神社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、コンクリート製平入拝殿から連続して本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 坂庭神社の蕃塀は、大正14年(1925)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は屋根が切妻であり、その木口面の中央が少し抉られていて木造屋根らしく見せようとする工夫が見られる点に特色がある。平成元年(1989)の社殿移築の際に蕃塀も移転されたものと見られるが、基壇の部分は残存しない。基礎部分は移転の際に参道と一体化した構造に造り替えられたものと推測される。
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by banbeimania | 2009-03-31 23:02 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市応時神明社の蕃塀

 小牧市応時4丁目(大字大山字稲葉)に所在する神明社は、創建年代や祭神などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 応時神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.1m、全高約2.5m、屋根長約4.3m、屋根巾約1.5mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。周囲が切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、赤色に着色された銅板(トタン板か?)が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には縦羽目板が、下には一枚板(ベニア板?)が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その先端は少し尖っている。

 応時神明社は、正面から神門、鳥居、灯籠群、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設に至る構成を持つ。

 応時神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は羽目板部にベニア板と思われる一枚板が嵌め込まれている点が特徴であるが、おそらく本来は縦羽目板が設置されていたものが破損し簡易に修繕した結果と想像される。柱材も風雨の影響を受け痛みが認められる。
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by banbeimania | 2009-03-30 23:32 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市中央神明社の蕃塀

 小牧市中央5丁目(大字北外山入鹿新田字南屋敷)に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 中央神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.1m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇や礎石を持たず直接地面に円柱を2本立てて屋根石を載せている。なお、基壇などの基礎構造は土砂に埋もれてしまっている可能性も考えられる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は角を丸く加工した二重の方形枠が設けられていた。裏面は、左側の区画で「昭和三年一月吉日」中央の区画で人名5名分、右側の区画で「取持氏子中 石工小牧船橋金次郎」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に巾広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その両区画には隅丸方形の透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ている。

 中央神明社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 中央神明社の蕃塀は、昭和3年(1928)に小牧市の石工船橋金次郎によって製作されたものである。この船橋金次郎については、現在小牧市二重堀に所在する舟橋氏が経営?する会社「石匠三代目金次郎」に引き継がれる石工と考えられる。既に紹介した小牧市二重堀津島社の蕃塀もこの船橋金次郎によるものであり、船橋金次郎作の蕃塀は本例が2例目となる(小牧市二重堀津島社の蕃塀を紹介した時は「小牧」の部分が十分に読み込めず石工を特定することができなかった)。両者は、羽目板部の表面に角を丸く加工した二重の方形枠が設けられている点で共通している。
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by banbeimania | 2009-03-29 23:05 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市下末天神社の蕃塀

 小牧市大字下末字天神前に所在する天神社(天満天神社)は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は菅原道真と推測される。

 下末天神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は角を丸く加工した方形枠が設けられ、中央の区画に牡丹紋、両側の区画に獅子紋が彫刻されていた。裏面には中央の区画で「昭和三十四年十一月 名古屋市 寄附者 (人名1名分)」、右側の区画で「長谷川石材店」の文字が刻まれていた。欄間部は、「天神社」と記された扁額を持ち、その両側には頭部が両端に配置された双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、頭部は宝珠に形作られていた。

 下末天神社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、百度石、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬、渡殿、神牛から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 下末天神社の蕃塀は、昭和34年(1969)に長谷川石材店によって製作されたものである。この長谷川石材店については、ネット上で検索するといくつかの店舗が見出されるが、そのうちのどれかは特定できていない。岐阜市岩崎に所在する長谷川石材の可能性が考えられよう。本蕃塀は欄間部に施された双龍紋の表現が立体的で透かしとなっている。双龍そのものは阿吽の他はほぼ対称的であるが、下半の雲紋が左右対称ではない。
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by banbeimania | 2009-03-28 23:07 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市間々原新田実々神社の蕃塀

 小牧市大字間々原新田字間々池に所在する実々神社は、創建年代や祭神などの由緒は不詳である。小牧市史によれば延宝3年に再建されたと記されている。あらいのじかんさんのご指摘の通り、既に紹介した『尾張名所図会後編』に記載される實々天神社に対応するのだろう。石柱に「式内社」と刻まれているが、該当する神社が私には見当たらない。

 実々神社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.0m、全高約2.7m、屋根長約5.2m、屋根巾約1.9mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。黒玉石が散りばめられたコンクリート製基壇にコンクリート製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に雲形肘木と簡略化された雲形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で千木を持ち、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出て、上位には鰹木が4本置かれている。大棟の木口、鰹木や千木の先端は金色に装飾されていた。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その先端は尖っている。

 実々神社は、正面から鳥居、灯籠群、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 実々神社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は千木と鰹木を伴う屋根を持ち、金色の装飾が認められる豪華なものである。このような千木と鰹木を伴う蕃塀は、これまでに名古屋市北区志賀八幡社の蕃塀、丹羽郡大口町外坪宮前神明社の蕃塀、北名古屋市訓原神社の蕃塀、名古屋市昭和区御器所八幡宮の蕃塀、小牧市宇都宮神社の蕃塀の5事例がある。
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by banbeimania | 2009-03-27 22:20 | 蕃塀の事例 | Comments(2)

小牧市池之内八幡神社の蕃塀

 小牧市大字池之内字雨作に所在する八幡神社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は応神天皇と推測される。

 池之内八幡神社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.1m、屋根長約3.4m、屋根巾約1.3mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。周囲が切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎と土台木を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に雲形肘木と簡略化された雲形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上は空白のまま、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られていた。

 池之内八幡神社は、正面から鳥居、灯籠、階段を登り蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、階段を登り狛犬、灯籠から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 池之内八幡神社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は連子窓部の上位に羽目板を嵌め込まないものであった。銅板屋根の造作は、屋根板が薄く直線屋根であることから、簡素に見える。
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by banbeimania | 2009-03-26 22:45 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市大久佐八幡宮の蕃塀

 小牧市大字大草字東上に所在する大久佐八幡宮は、創建年代などの由緒は不詳である。貞観13年(871)に神輿遊幸や流鏑馬が行われたと伝えられる古社であるが、一時途絶え、慶長年間(1596~1614)に現在地に移転したという。昭和61年(1986)に拝殿などが大規模に修繕された。祭神は大鷦鷯命・誉田別命・息長足姫命である。

 大久佐八幡宮の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約4.3m、全高約2.6m、屋根長約5.1m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に角を丸くした方形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれていた。蕃塀の中央には、茶色に塗布された金属製の竪連子窓が設けられており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られていた。土台木や長押の木口面に銅製の錺金具が設置されていた。

 大久佐八幡宮は、正面から灯籠、神門、一の鳥居、灯籠、二の鳥居、三の鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けのコンクリート造妻入拝殿、狛犬、灯籠、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 大久佐八幡宮の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は小牧市内にある木造蕃塀の中でも長大なものであった。銅板屋根が鮮やかな緑銅色を呈しており、これは拝殿や本殿などの銅板屋根の社殿とよく類似している。拝殿が昭和61年(1986)に修繕されていることと考えあわせると、本蕃塀は昭和61年(1986)に新築もしくは修繕されたものと推測される。
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by banbeimania | 2009-03-25 23:09 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市堀の内神明社の蕃塀

 小牧市堀の内2丁目に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 堀の内神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.7m、全高約2.7m、屋根長約3.9m、屋根巾約2.2mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に角を丸くした方形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれていた。蕃塀の中央には、茶色に塗布された金属製の竪連子窓が嵌め込まれており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られていた。

 堀の内神明社は、正面から神門、蕃塀、壁の無い吹き抜けのコンクリート造妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿に至る構成を持つ。

 堀の内神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は、本殿などの社殿と比べると規模がやや大きい印象がある。金属製の竪連子窓が嵌め込まれていたのは、破損が著しいためなのだろう。羽目板部にはボールが当たった痕跡が認められる。
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by banbeimania | 2009-03-24 21:36 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市小牧神明社の蕃塀

 小牧市小牧5丁目に所在する神明社は、永禄6年(1563)に織田信長が清須から小牧へ居城を移した際、清須に所在する御園神明社を分祀して創建されたという。明治42年(1909)以降に南宮社・津島社・金比羅社・秋葉社・須佐之男社・山神社・稲荷社などが合祀された。祭神は天照大神・金山彦神・建速須佐之男命である。

 小牧神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.4m、全高約2.5m、屋根長約4.7m、屋根巾約1.7mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に方形肘木と方形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木を渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ていた。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は石製、控え貫は木製で造られていた。表面は何も塗布されず、全て白木である。

 小牧神明社は、正面から灯籠群、鳥居、灯籠、蕃塀、百度石、灯籠、神馬、狛犬、基壇上の木造拝殿から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 小牧神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は規模がやや大きいが、屋根面や肘木などの構造は直線的に造られたシンプルな形状となっている。屋根に葺かれた銅板が大きい点に特徴を見出すことができる。
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by banbeimania | 2009-03-23 23:08 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市二重堀津島社の蕃塀

 小牧市大字二重堀字南屋敷に所在する津島社は、創建年代などの由緒は不詳である。二重堀は入鹿用水や新木津用水の開削により発展した地域で、古来白山社・天王社・蔵王社があったが、現在は津島社に集約されているという。本殿をはじめとする境内社殿は平成7年(1995)に整備された。社名からみて、主祭神は建速須佐之男命と推測される。

 二重堀津島社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.1m、全高約2.6m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.8mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した二重の方形枠が設けられていた。裏面には特に装飾は見られないが、左側の区画で人名14名分、中央の区画で地名と人名6名分、右側の区画で人名14名分の文字が刻まれていた。また、左側の円柱裏面で「大正十二年十月建之」、右側の円柱裏面には、あまりはっきりとはしないが。「石工 八坂兵幡金次郎」と記されているように見えた。欄間部は、「津島神社」と記された扁額を持ち、その両側には頭部が両端に配置された双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。

 二重堀津島社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、木造妻入拝殿、渡殿、灯籠から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 二重堀津島社の蕃塀は、大正12年(1923)に八坂?の石工船橋?金次郎によって製作されたものである。この船橋?金次郎については特定できていないし、八坂?についても名古屋市西区の八坂町を指しているのか否かを確定できない。本蕃塀は欄間部に施された双龍紋の表現が非常に細かい点に特徴を見出すことができる。
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by banbeimania | 2009-03-22 20:37 | 蕃塀の事例 | Comments(0)