蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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石造連子窓型蕃塀の製作月(その2)

 前回では、石造連子窓型蕃塀の製作月について検討し、10月が多く、6月が少ないという明瞭な偏りが認められた。これについて、もう少しだけ詳しく分析してみたい。

 まず、所在する市区町村別に製作月の分布を一覧表にしてみた。多くの市区町村で10月が最多となっているが、一定量の蕃塀が存在する市区町村の中で例外となるものが、海部郡美和町と海部郡七宝町である。海部郡美和町では3月に、海部郡七宝町では4月に分布のピークが認められ、この海部郡東部地域では春に石造連子窓型蕃塀が多く建設されたことが分かる。
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 一方、年代別に製作月の分布を一覧表にしてみた。これについても多くの年代で10月が最も多く蕃塀が建造されていたが、1941年〜1950年については、何故か全体で一番事例が少ない6月で2事例が製作されており、最多となっている。具体的には1942年に作製された一宮市西萩原神明社と1941年に作製された一宮市開明愛宕社が該当している。このような結果になる明確な理由が分からないが、戦時中の特殊な事情が影響したものなのであろうか。
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by banbeimania | 2009-07-31 22:17 | 蕃塀を深める | Comments(0)

石造連子窓型蕃塀の製作月(その1)

 お久しぶりです。しばらくの間、更新が滞ってしまいました。次の記事(ネタ)を準備するのに時間がかかったことや、私的に慌ただしかったことなどで、こういうことになってしまい、この点はご容赦願いたい。

 これまでに各種蕃塀の製作年代を検討し、蕃塀の大きな流れを把握するに至った次第である。今回は、その延長として製作月について検討してみたい。これについては、製作年月が刻書された事例が多い石造連子窓型蕃塀を分析の対象としてみようと思う。

 現在までに確認された石造連子窓型蕃塀368基について、製作月別に集計すると、次のように数えられた。

1月 :37基
2月 :17基
3月 :26基
4月 :28基
5月 :18基
6月 : 4基
7月 :10基
8月 :32基
9月 :18基
10月:95基
11月:23基
12月:24基
夏  : 1基
不明 :35基

 この結果、月別の分布には、10月が多く、6月が少ないという明瞭な偏りが認められた。このことから、梅雨時に蕃塀が築造されることは少なく、秋祭の際に蕃塀がお披露目されることが多かったといえるのだろうか。
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by banbeimania | 2009-07-30 22:39 | 蕃塀を深める | Comments(0)

コンクリート造蕃塀の変遷(予察の解説)

 前回は下記の図を示したのみで、全く説明しておらず、またもや不親切きわまりない状態となってしまった。今回はこの図(すなわち蕃塀の流れ)について若干の解説をしてみたい。

 江戸時代から明治時代までには木造連子窓型蕃塀と木造衝立型蕃塀が存在し、これらを模倣するなどして石造×字型蕃塀、石造連子窓型蕃塀、石造衝立型蕃塀の順に造られたことが、これまでの検討で明らかになっていた。そして、コンクリート造蕃塀については、衝立型蕃塀は石造蕃塀よりも約13年遅れて、連子窓型蕃塀は石造蕃塀よりも約5年遅れて出現したことも判明した。しかし、両者とも出現後しばらくは建設されず、何故か1960年代から1970年代までにいくつか造られたのみであった。

 このように全体を通観すると、木造→石造→コンクリート造という順で新しいタイプが出現しており、その中で大正から昭和を経て平成年間に至るまである程度の継続的な建設が認められるのは、木造連子窓型蕃塀と石造連子窓型蕃塀の2種であり、特定の神社において木造衝立型蕃塀が継続して建て替えられてきたのみであるといえる。

 これが、これまでに明らかになった蕃塀の大きな流れと考えている。
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by banbeimania | 2009-07-21 23:16 | 蕃塀を深める | Comments(0)

コンクリート造蕃塀の変遷(予察)

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by banbeimania | 2009-07-18 23:48 | 蕃塀を深める | Comments(0)

コンクリート造衝立型蕃塀の製作年代

 現在までに確認できたコンクリート造衝立型蕃塀は8基を数える。そのうち製作年代が刻まれたりするものとしては、下記の4基が確認されている。

小牧市下小針天神天神社の蕃塀:1928年
名古屋市港区東茶屋神明社の蕃塀:1963年
名古屋市中区伊勢山神明社の蕃塀:1968年
名古屋市熱田区新尾頭住吉社の蕃塀:1978年
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           小牧市下小針天神天神社の蕃塀

 その他の名古屋市熱田区千年八幡社の蕃塀、春日井市松新八幡社の蕃塀、犬山市虫鹿神社の蕃塀、および犬山市五郎丸神明社の蕃塀はその建造年代を特定できていない。

 この結果、コンクリート造衝立型蕃塀は、石造衝立型蕃塀よりも約13年遅れて、またコンクリート造連子窓型蕃塀よりも約5年遅れて1928年に出現したことが分かる。しかし、それは一小牧市下小針天神天神社の蕃塀のみであり、その後の約35年間にコンクリート造衝立型蕃塀はほとんど建設されなかったと思われる。残りの3基は1960年代から1970年代までに造られたものであり、この時期が最も多くコンクリート造衝立型蕃塀が建造された時期ということができる。このあたりの展開の仕方は、コンクリート造連子窓型蕃塀と共通する特徴を持っているといえよう。
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by banbeimania | 2009-07-17 22:27 | 蕃塀を深める | Comments(0)

コンクリート造連子窓型蕃塀の製作年代

 現在までに確認できたコンクリート造連子窓型蕃塀は9基を数える。そのうち製作年代が刻まれたりするものとしては、下記の4基が確認されている。

一宮市若栗神社八幡宮の蕃塀:1923年
愛西市宇太志神社の蕃塀:1970年
一宮市丹陽森本十二所社の蕃塀:1971年
名古屋市千種区上野天満宮の蕃塀:1975年
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           一宮市若栗神社八幡宮の蕃塀

 その他の小牧市市之久田八幡社の蕃塀、名古屋市北区上飯田南六所社の蕃塀、津島市百島春日神社の蕃塀、一宮市萩原戸苅八劔社の蕃塀および知多郡武豊町富貴八幡社の蕃塀はその建造年代を特定できていない。

 この結果、コンクリート造連子窓型蕃塀は、石造連子窓型蕃塀よりも約12年遅れて1923年に出現したことが分かる。しかし、それは一宮市若栗神社八幡宮の蕃塀のみであり、その後の約50年間にコンクリート造連子窓型蕃塀はほとんど建設されなかったと思われる。残りの3基は1970年代に造られたものであり、この時期が最も多くコンクリート造連子窓型蕃塀が建造された時期ということができる。
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by banbeimania | 2009-07-16 23:12 | 蕃塀を深める | Comments(0)

石造蕃塀の変遷(予察)

 前回の最後に、石造蕃塀の流れを整理した下記の図を示したが、この説明を全くしておらず不親切きわまりない状態となってしまった。今回はこの図(すなわち石造蕃塀の流れ)について解説してみたい。
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 まず、石造連子窓型蕃塀は最古のものが明治44年(1911)に対し、木造連子窓型蕃塀は確実に江戸時代まで遡る。一方、石造衝立型蕃塀は最古のものが大正4年(1915)に対し、木造衝立型蕃塀はその初源は明治年間まで遡る。両者とも石造よりも木造の方が古く現れており、影響関係があるとすれば木造蕃塀を模倣して石造蕃塀ができたと解釈するのが自然である。

 問題は江南市田代郷中神明社の石造×字型蕃塀が、石造連子窓型蕃塀と石造衝立型蕃塀の両方よりも古いことをどう理解するかである。木造蕃塀には×字型蕃塀は存在しないので、直接何かを模倣して石造×字型蕃塀ができたとは考えられない。そこで、屋根に着目すると、石造×字型蕃塀は屋根の形状が衝立型蕃塀に近い構造なので、木造衝立型蕃塀の影響を受けたものと考えられる。つまり、木造衝立型蕃塀を参考にして、1902年に×字型蕃塀という石造蕃塀が新たに発明されたと推測されるのである。

 この1902年に開発された石造×字型蕃塀は他に広がっていくことは全くなかった。その代わりに、石造という特徴のみを引き継いで、まず既に尾張地域に数十基は存在した木造連子窓型蕃塀を模倣して、1911年に石造連子窓型蕃塀が登場した。次いで、木造衝立型蕃塀を模倣して、1915年に石造衝立型蕃塀が出現したと思われる。

 木造衝立型蕃塀は伊勢神宮と熱田神宮にのみ見られる特殊な建造物であり、一方木造連子窓型蕃塀は尾張地域に広く普及した施設であった。このことが影響したのであろうか、石造蕃塀についても、衝立型蕃塀は数例の建設に留まっていて1934年を最後に製作されなくなっている。これに対し、石造連子窓型蕃塀は尾張地域に広く普及し、その数は400基に迫る勢いである。

 以上が、これまでに明らかになった石造蕃塀の流れの骨子である。ゆくゆくはこれをさらに肉付けを行っていき、豊かな蕃塀の展開状況を明らかにしていきたいと目論んでいる。
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by banbeimania | 2009-07-15 23:12 | 蕃塀を深める | Comments(0)

石造×字型蕃塀の製作年代

 今回は石造×字型蕃塀の製作年代を整理しておく。とはいえ、石造×字型蕃塀としたものはこれまでに江南市田代郷中神明社の蕃塀しか確認されていない。この江南市田代郷中神明社(石造×字型蕃塀)の蕃塀は1902年に製作されたことが明らかになっている。
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           江南市田代郷中神明社の蕃塀

 この1902年という年代は、石造連子窓型蕃塀と石造衝立型蕃塀の最古のものと比べても古くなり、石造の蕃塀で最古のものといえる(1904年〜1905年の明治37.8年戦役記念に作製された一宮市千秋小山神明社の石造連子窓型蕃塀よりも古いことも確実である)。

 この結果を受け、昨日の考察と合わせて石造蕃塀の流れを整理すると、次の図のようになると考察した。
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by banbeimania | 2009-07-14 23:26 | 蕃塀を深める | Comments(0)

石造衝立型蕃塀の製作年代

 今回は石造衝立型蕃塀の製作年代を整理しておく。石造衝立型蕃塀はこれまでに下記の6基が確認されている

小牧市河内屋新田津島神社の蕃塀:1915年
一宮市西大海道神明社の蕃塀:1930年
一宮市宅美神社の蕃塀:1930年
江南市伊賀々原神社の蕃塀:1933年
清須市土器野神明社の蕃塀:1933年
江南市稲木神社の蕃塀:1934年

 石造連子窓型蕃塀に比べると石造衝立型蕃塀は数量が少なすぎるが、両者を比べてみる。まず最古のものについては、前者が江南市魚入神社(1911年)、後者が小牧市河内屋新田津島神社(1915年)で、石造連子窓型蕃塀の方が古いが大差は認められない。分布のピークに関しては、前者が1920年代から1930年代にあり、後者が1930年から1933年までに認められ、広く見れば両者は似ていると言えそうである。戦後の状況は、前者がしばらくの間をおいて1960年代から一定のペースで建設されたが、後者は戦後に建設された事例が認められない。

 以上の結果から見て、石造衝立型蕃塀は、石造連子窓型蕃塀が盛んに建造される中、一つのバリエーションとして数例が築造されたものであったように思われる。1930年代前半に集中して造られたものの、その後定着することはなかったものであったといえる。
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          一宮市西大海道神明社の蕃塀
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by banbeimania | 2009-07-13 21:28 | 蕃塀を深める | Comments(0)

石造連子窓型蕃塀の製作年代(その4)

 前回までに、石造連子窓型蕃塀が最も多く製作された昭和3年(1928)と昭和12年(1937)の事情について考察した。1928年に関しては昭和の御大典を景気にした増加と推察されるのに対して、1937年については明確な理由が見当たらないという結論となった。

 製作時期を年単位で集計したものをグラフに整理すると、1912年から1942年までの約30年間に分布の「ヤマ」を見出すことができる。この「ヤマ」は最も多く製作された1928年と1937年を含み、この間に建造された石造連子窓型蕃塀は256基にのぼる。1911年に江南市魚入神社で初めて造られて以来、石造連子窓型蕃塀は爆発的な勢いで構築され続けたことが、この分布の「ヤマ」から読み取れるだろう。そしてそのピークが昭和の御大典記念の1928年であった。
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 一方、昭和18年(1943)から昭和34年(1959)までの期間は、ほとんど石造連子窓型蕃塀が建立されていないことも確認される。この17年間に製作された石造連子窓型蕃塀は下記の7基にしか過ぎない。

江南市天王津島社の蕃塀:1946年製作
江南市和田八所社の蕃塀:1949年製作
岩倉市井上神明社の蕃塀:1950年製作
江南市中般若白山社の蕃塀:1952年製作
丹羽郡大口町大御堂縣神社の蕃塀:1953年製作
海部郡大治町花常八幡社の蕃塀:1955年製作
清須市寺野八劔社の蕃塀:1955年製作

 このあたりの事情については、1941年に始まった大東亜戦争とその戦後の混乱が大きく影響したことは容易に想像されよう。実際、戦争の期間中には石造連子窓型蕃塀は1基も建造されていない。また、戦後もあまり蕃塀は建設されず、終戦直後に建造された江南市天王津島社の蕃塀は極めて例外的な存在であると言えよう。

 さて、その後の1960年以降は1年に1〜4基の石造連子窓型蕃塀が構築され続けている。これがある程度普及した状態で石造連子窓型蕃塀が建設される安定したペースなのであろう。しかし、最後に指摘しておかなければならないことがある。それは、2001年の岩倉市野寄八剱社の蕃塀が製作されて以来(少なくとも2007年までの約6年間は)新規に石造連子窓型蕃塀が建設された事例が存在しないのである。これはいったいどういうことなのであろうか。
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by banbeimania | 2009-07-10 22:41 | 蕃塀を深める | Comments(0)