蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その6)

 石造連子窓型蕃塀の欄間部は大きく17類に区分できるが、そのうちの欄間部に家紋などの諸紋のみが表現されるものは10事例が存在し、4タイプに区分できた。

 これらの事例全部を製作年代に並べた図をみると、家紋などの諸紋のみが表現される欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀は、全て1924年から1937年までの14年間の間に構築されたことが分かる。まず、最初にAタイプが出現し、Aタイプが無くなるに伴いBタイプが現れ、1936年から1937年にB〜Dタイプが単発的に認められることとなる。

 一方、製作者については不明なものが多いが、製作者が判明している事例を見ると、これまで多くの作品を製作していた角田六三郎の作品が2例、岡崎市内の石工による製品が2例存在している。これがどういう意味を持つのかはよく分かっていない。
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by banbeimania | 2009-11-30 23:02 | 蕃塀を深める | Comments(0)

家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その5)

 現在は、欄間部に家紋などの諸紋のみが表現される事例を具体的に紹介している。今回は、最後の諸紋のみDタイプを取り上げてみる。

 一枚板のみが嵌め込まれている「諸紋のみDタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀には、清須市下之郷八幡社の事例が認められるに過ぎない。
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清須市下之郷八幡社の蕃塀の欄間部

 この清須市下之郷八幡社の蕃塀は1936年に製作されたものであるが、作者は不明である。この結果、家紋などの諸紋のみが表現される事例は戦前の限定された期間に製作されたものということができる。
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by banbeimania | 2009-11-29 23:31 | 蕃塀を深める | Comments(0)

祝 投稿記事900回

 本ブログも本日をもって900回目の投稿を迎えることとなった。以前の蕃塀の事例紹介に終始していた状態から、蕃塀の詳細な分析を進めている状況となっている。

 現在は石造連子窓型蕃塀の欄間部に着目しており、これが延々と続いている。かなり飽きが来ていると思われるが、もう間もなく終える見込みなので、しばらくは我慢いただきたく思う次第である。
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by banbeimania | 2009-11-28 23:56 | 探索の記録 | Comments(0)

家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その4)

 前々回から、欄間部に家紋などの諸紋のみが表現される事例を具体的に紹介している。今回は、諸紋のみCタイプを取り上げてみる。

 複数枚の石板が嵌め込まれ、その間には何も設けない「諸紋のみCタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀には、一宮市西萩原八幡社の事例が認められるに過ぎない。
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          一宮市西萩原八幡社の蕃塀の欄間部

 この一宮市西萩原八幡社は1937年に岡崎市の石工河内明治によって製作されたものである。諸紋のみAタイプよりもやや遅れ諸紋のみBタイプと同様な時期に製作されたということができる。
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by banbeimania | 2009-11-27 23:24 | 蕃塀を深める | Comments(0)

家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その3)

 前回から、欄間部に家紋などの諸紋のみが表現される事例を具体的に紹介している。今回は、諸紋のみBタイプを取り上げてみる。

 複数枚の石板が嵌め込まれ、その間に扁額を設ける「諸紋のみBタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀には、名古屋市中川区柳川須佐之男社と名古屋市中川区伏屋七所神社の2社に事例が認められる。
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         名古屋市中川区柳川須佐之男社の蕃塀の欄間部
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         名古屋市中川区伏屋七所神社の蕃塀の欄間部

 これらを製作年代に着目すると、1937年に柳川須佐之男社、1932年に伏屋七所神社の順に築造されたことが分かり、諸紋のみAタイプよりもやや遅れて製作されたことが判明した。一方、製作者については、伏屋七所神社は角田六三郎であることが分かるが、柳川須佐之男社は不明であった。

 紋様の内容については伏屋七所神社は桐紋、柳川須佐之男社は木瓜紋であり、特別な傾向は認められなかった。
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by banbeimania | 2009-11-26 21:59 | 蕃塀を深める | Comments(0)

家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その2)

 今回から具体的に、欄間部に家紋などの諸紋のみが表現される事例を紹介していきたい。まずは、諸紋のみAタイプを取り上げてみる。

 複数枚の石板が嵌め込まれその間に束柱を設ける「諸紋のみAタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀には、名古屋市北区中杉神明社八幡社、一宮市立野天神社、一宮市島村宇夫須那神社、一宮市明地須佐之男社、一宮市大赤見日吉社、春日井市如意申六所社の6社に事例が認められる。
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          名古屋市北区中杉神明社八幡社の蕃塀の欄間部
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          一宮市立野天神社の蕃塀の欄間部
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          一宮市島村宇夫須那神社の蕃塀の欄間部
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          一宮市明地須佐之男社の蕃塀の欄間部
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          一宮市大赤見日吉社の蕃塀の欄間部
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          春日井市如意申六所社の蕃塀の欄間部

 これらを製作年代に着目すると、1924年に明地須佐之男社、1925年に如意申六所社、1930年に島村宇夫須那神社、1931年に中杉神明社八幡社、1931年に大赤見日吉社、1932年に立野天神社の順に築造されたことが分かり、1924年から1932年までの極めて限定された期間に製作されたことが判明する。一方、製作者については、立野天神社は角田六三郎、如意申六所社は岡崎市の今井新太郎、明地須佐之男社は名古屋市の石勘、大赤見日吉社は一宮市の戸田新五郎であり、中杉神明社八幡社と島村宇夫須那神社の2事例は不明であった。この結果、諸紋のみAタイプの欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀は、特定の石工に偏るものではないことが明らかとなった。

 さらに、紋様の内容は、如意申六所社は八重桜紋、中杉神明社八幡社は橘紋と五七桐紋、立野天は扇紋、島村宇夫須那神社は丸に並び柏紋、明地須佐之男社は三巴紋、大赤見日吉社は兎紋と実に多様なものであった。
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by banbeimania | 2009-11-25 21:38 | 蕃塀を深める | Comments(0)

家紋などの諸紋のみが表現される欄間部(その1)

 石造連子窓型蕃塀の欄間部は大きく17類に区分でき、これまでにそのうちの8種を紹介してきた。今回は9番目の欄間部に家紋などの諸紋のみが表現される事例について検討したい。

 石造連子窓型蕃塀の欄間部に石板が嵌め込まれ、そこに家紋などの諸紋のみが表現されるものは全部で10例が存在する。これらは、扁額や束柱の有無などにより以下の5類に細分できる。

 諸紋のみAタイプ:複数枚の石板が嵌め込まれ、その間に束柱を設けるもの。
 諸紋のみBタイプ:複数枚の石板が嵌め込まれ、その間に扁額を設けるもの。
 諸紋のみCタイプ:複数枚の石板が嵌め込まれ、その間には何も設けないもの。
 諸紋のみDタイプ:一枚板のみが嵌め込まれているもの。

 これらの内訳は現状で下記の通りである。
 諸紋のみAタイプ: 6例
 諸紋のみBタイプ: 2例
 諸紋のみCタイプ: 1例
 諸紋のみDタイプ: 1例
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by banbeimania | 2009-11-24 19:50 | 蕃塀を深める | Comments(0)

扁額のみを置く欄間部(その8)

 石造連子窓型蕃塀の欄間部は大きく17類に区分できるが、そのうちの欄間部に扁額または扁額状石板のみを置くものは20事例が存在し、5タイプに区分できた。

 これらの事例全部を製作年代に並べた図をみると、扁額または扁額状石板のみを置く欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀は、Bタイプを除く全てのタイプが戦前に出現したことが分かる。まず、最初は1914年にCタイプが出現し、次いでAタイプ・Eタイプ・Dタイプの順に現れていて、これらは大正年間には登場したこととなる。C〜Eタイプは1935年を最後に消え、戦後はAタイプと新たに出現した彩色の扁額を持つBタイプで占められるようになる

 一方、製作者についてみると、不明なものがかなり多くなっており、13例(65%)を占めている。製作者が判明している事例も、これまで多くの作品を製作していた荒木弥助の作品が1例、岡崎市内の石工による製品が1例存在する程度であった。基本的には、所在地に近在する地元の石工によって製作されていたものと思われる。
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by banbeimania | 2009-11-23 18:08 | 蕃塀を深める | Comments(0)

扁額のみを置く欄間部(その7)

 これまでに扁額または扁額状石板のみを置く欄間部の事例を紹介してきたが、今回は最後の「扁額のみEタイプ」を取り上げてみる。

 横長の不定形な扁額状石板を置く「扁額のみEタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀には、一宮市萩原東宮重神明社と一宮市萩原西御堂津島神社の2社に事例が認められる。
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         一宮市萩原東宮重神明社の蕃塀の欄間部
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         一宮市萩原西御堂津島神社の蕃塀の欄間部

 これらを製作年代に着目すると、萩原東宮重神明社は1918年に築造されたことが分かるが、萩原西御堂津島神社は不明であった。一方、製作者については全て不明であり、両者とも一宮市萩原に所在する神社に築造されていた。この結果、扁額のみEタイプも狭い地域に限定された欄間部ということができるかもしれない。
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by banbeimania | 2009-11-22 13:13 | 蕃塀を深める | Comments(0)

扁額のみを置く欄間部(その6)

 現在は扁額または扁額状石板のみを置く欄間部の事例を紹介している。今回は、5タイプのうちの「扁額のみDタイプ」を取り上げてみる。

 横長の長方形状の扁額を置く「扁額のみDタイプ」の欄間部を持つ石造連子窓型蕃塀は、江南市宮田川島神社の事例のみが認められる。
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          江南市宮田川島神社の蕃塀の欄間部

 この宮田川島神社の蕃塀は、1923年に江南市草井の石工伊神仙太郎によって築造されたことが分かっている。これまで様々な欄間部に扁額が使用されたものが存在したが、この扁額のみDタイプのような横長の長方形状の扁額の事例はこれだけである。
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by banbeimania | 2009-11-21 20:59 | 蕃塀を深める | Comments(0)