蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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全てに諸紋を置く3間の羽目板部(その2)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち3区画とも獅子紋以外の紋様が表現される事例は6類に細分される。今回は全諸紋Aタイプの羽目板部についてみていきたい。

 全ての区画に波涛上を飛翔する鳥紋が施される「全諸紋Aタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、稲沢市横地白山社と春日井市朝宮神社とあま市(旧七宝町)藤島神社の3事例が存在する。これを具体的に例示する。

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          稲沢市横地白山社の蕃塀の羽目板部
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          春日井市朝宮神社の蕃塀の羽目板部
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          あま市(旧七宝町)藤島神社

 さて、この横地白山社の事例は1922年に製作されたが、作者は不明である。一方、春日井市朝宮神社の場合は、名古屋市西区の石工角田六三郎により製作されたが、製作年代は不明である。また、藤島神社の事例は1921年に名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎により製作されたものである。概ね1920年代初頭に角田六三郎により製作されたものとまとめることができよう。

 なお、両事例ともモチーフが波涛上を飛翔する鳥紋として3区画とも同じとなっているが、紋様その自体が3区画とも同一というわけではない。3区画が一体として構図が描かれているものといえる。(2010年8月1日に加筆修正した)
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by banbeimania | 2010-07-31 22:35 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに諸紋を置く3間の羽目板部(その1)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分できるが、今回は2番目の3区画とも獅子紋以外の紋様が表現される事例について検討していきたい。

 3区画とも獅子紋以外の紋様が表現される羽目板部を持つ石造連子窓型蕃塀は全部で8基存在するが、これらは獅子の体の向きなどの特徴から、さらに6類に細分できる(細分できるといっても、1分類に1事例では分類の体をなしていないが・・・)。

 全諸紋Aタイプ:全ての区画に波涛上を飛翔する鳥紋が施されるもの
 全諸紋Bタイプ:全ての区画に鳩紋が施されるもの
 全諸紋Cタイプ:全ての区画に梅紋が施されるもの
 全諸紋Dタイプ:全ての区画に五三桐紋が施されるもの
 全諸紋Eタイプ:全ての区画に簡略花紋が施されるもの
 全諸紋Fタイプ:全ての区画に蛇腹状となるもの
 
これらの内訳は現状で下記の通りである。
 全諸紋Aタイプ:3例
 全諸紋Bタイプ:1例
 全諸紋Cタイプ:1例
 全諸紋Dタイプ:1例
 全諸紋Eタイプ:1例
 全諸紋Fタイプ:1例
(2010年8月1日に加筆修正した)
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by banbeimania | 2010-07-30 22:02 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その13)

 神社の鳥居と拝殿の間にある不思議な短塀は蕃塀(ばんぺい)と呼ばれ、これは材質から石造や木造などに、形状から連子窓型と衝立型に区分される。これまでに集めた事例は560例以上を数え、これらの細部を観察し比較・検討している。現在は、石造連子窓型蕃塀の下半部に相当する羽目板部というパーツに注目している。このうち3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、その中で3区画とも獅子紋が表現される事例を具体的に紹介してきた。

 3区画とも獅子紋が表現される3間巾の羽目板部は全部で20基存在し、獅子の向きなどから7類に細分された。細別された分類ごとに製作年代と製作者を整理したのが、下図である。
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 これをみると、3区画とも獅子紋が表現される羽目板部を持つ蕃塀は、1924年から1942年までの約20年間という比較的限られた期間に集中的に製作されたことが分かる。大半は名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品で、全体の75%を占めている。特に1928年に角田六三郎は6事例を製作しており、そのパターンは4タイプにわたっている。このように体の向きや玉の有無の組み合わせについてはさまざまなパターンを造り出していた角田六三郎であるが、獅子の顔つきはよく共通しているように感じられた。この点については、別途に検討を行いたいと考えている。
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by banbeimania | 2010-07-29 22:20 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その12)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。今回は最後の全獅子紋Gタイプの羽目板部についてみていきたい。

 両端の獅子は腰を落とし、中央の獅子は後脚を高くあげる「全獅子紋Gタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、一宮市東五城南田尾神明社の事例のみが存在する。これを具体的に例示する。

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          一宮市東五城南田尾神明社の蕃塀の羽目板部

 この東五城南田尾神明社の蕃塀は、1934年に名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎によって製作されたことが判明している。両端の獅子は前脚に玉を置く「玉取獅子」で向き合っているのに対し、中央の獅子は玉を持たず右を向いている。3区画とも獅子紋が表現される事例は多数存在するが、両端が玉取獅子となるものは本事例のみである。

 このように、東五城南田尾神明社の蕃塀は、紋様の構成は特異な事例に属するが、獅子の顔つきなどは石工角田六三郎の作風がにじみ出ているものと評価できるだろう。
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by banbeimania | 2010-07-28 21:35 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その11)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。前回は全獅子紋Fタイプの羽目板部について事例を紹介したが、今回は詳しく検討してみたい。

 これら3事例を製作年代順に並べると、1928年に一宮市桜3丁目神明社例、1935年にあま市篠田白山社例、1942年に一宮市西萩原神明社例の順となる。また、製作者については、桜3丁目神明社例と西萩原神明社例は名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品、篠田白山社例は日光庭石店の製品であった。

 もう少し図像の検討を行ってみよう。中央の獅子の向きに着目すると、角田六三郎の作品は普通に右向き、日光庭石店の製品は体が左向きで右に首を振り返るものであった。また、日光庭石店の製品はやや大振りで尾の形状がやや異なっているように感じられる。このような特徴は作風の相違と呼べるのかもしれない。
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by banbeimania | 2010-07-27 22:15 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その10)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。今回は全獅子紋Fタイプの羽目板部についてみていきたい。

 両端の獅子は後脚を高くあげ、中央の獅子は腰を落とす「全獅子紋Fタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、一宮市西萩原神明社、一宮市桜3丁目神明社、あま市(旧美和町)篠田白山社の3事例が存在する。これを具体的に例示する。

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          一宮市西萩原神明社の蕃塀の羽目板部
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          一宮市桜3丁目神明社の蕃塀の羽目板部
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          あま市(旧美和町)篠田白山社の蕃塀の羽目板部
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by banbeimania | 2010-07-26 20:39 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その9)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。今回は全獅子紋Eタイプの羽目板部についてみていきたい。

 全ての獅子は後脚を高くあげ、ほぼ正面を向く「全獅子紋Eタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、北名古屋市鍛冶ヶ一色八幡社の事例のみが存在する。これを具体的に例示する。

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          北名古屋市鍛冶ヶ一色八幡社の蕃塀の羽目板部

 鍛冶ヶ一色八幡社の蕃塀は1931年に製作されたが、作者は不明である。獅子は「ほぼ正面を向く」と表現したが、実際には微妙に左右に向きが振れているものであった。これまで紹介してきた全獅子紋AタイプとBタイプなどと比べると、彫刻はやや平板であって明らかに異なる系統と考えられる。よって、名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品とは思われない。
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by banbeimania | 2010-07-25 20:00 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その8)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。今回は全獅子紋Dタイプの羽目板部についてみていきたい。

 全ての獅子は後脚を高くあげ、両端部の獅子は左を向き、中央部の獅子は右を向く「全獅子紋Dタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、稲沢市高重屋敷神明社の事例のみが存在する。これを具体的に例示する。

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          稲沢市高重屋敷神明社の蕃塀の羽目板部

 高重屋敷神明社の蕃塀は1928年に名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品であった。角田六三郎の作品ということで、これまで紹介してきた全獅子紋AタイプとBタイプと獅子の表情などはよく類似している。ただし、左右のバランスは決して良好とは思われず、私は石工角田六三郎が羽目板をはめ込む際に順番を間違えてしまった可能性を考えている。その場合、左を向く獅子が2つあるので、全獅子紋Aタイプを企図したものと想定されよう。なお、いずれの獅子も玉を持ってはいない。
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by banbeimania | 2010-07-24 21:48 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その7)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。今回は全獅子紋Cタイプの羽目板部についてみていきたい。

 全ての獅子は後脚を高くあげ、両端部の獅子は向かい合わせ、中央部の獅子は正面を向く「全獅子紋Cタイプ」の羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀には、岩倉市石仏八劔社の事例のみが存在する。これを具体的に例示する。

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          岩倉市石仏八劔社の蕃塀の羽目板部

 石仏八劔社の蕃塀は1938年に岩倉市の石工石甚によって製作されたものであった。これまで紹介してきた全獅子紋AタイプとBタイプとは相違して、角田六三郎の作品ではないことが特徴と言えば特徴である。獅子の表情は、やや面長で、眼の形は方形に近く、頭部は丸いという特徴を持つ。中央部の獅子は正面を向いて全体のバランスを取っているものと思われるが、尾は右手に、後ろ脚は左手に配分されていた。
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by banbeimania | 2010-07-23 21:30 | 蕃塀を深める | Comments(0)

全てに獅子紋を置く3間の羽目板部(その6)

 3間巾の石造連子窓型蕃塀の羽目板部は大きく11類に区分でき、このうち最初に取り上げる3区画とも獅子紋が表現される事例は7類に細分される。前回は全獅子紋Bタイプの羽目板部について事例を紹介したが、今回は詳しく検討してみたい。

 これら8事例を製作年代順に並べると、1924年に稲沢市萩園神社例、1928年に北名古屋市徳重十二所社例とあま市甚目寺日吉社例とあま市安松八劔社例、1936年に大治町堀之内天神社例の順となる。

 製作者については、稲沢市萩園神社例を除く4事例全てが名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品であった。獅子の表情などを比較してみると、稲沢市萩園神社例のみが彫刻がやや平板で立体性に乏しいのに対し。他の4事例は同じような顔つきをしていることが分かる。

 この結果、全獅子紋Bタイプの羽目板部を持つ3間巾の石造連子窓型蕃塀は、最初に1924年に出現し、1928年の1年間に角田六三郎によって集中的に製作されたことが判明した。

 また、全獅子紋Aタイプと同様に、全獅子紋Bタイプも前脚に玉を抱えるものとそうでないものに分けることができる。

全獅子紋Bタイプ1類:玉を抱える玉取獅子紋を中央の羽目板部に持つもの。北名古屋市徳重十二所社例、あま市甚目寺日吉社例、大治町堀之内天神社例の3つの蕃塀が該当する。
全獅子紋Bタイプ2類:玉を抱えない獅子紋を中央の羽目板部に持つもの。稲沢市萩園神社例、あま市安松八劔社例の2つの蕃塀が該当する。
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by banbeimania | 2010-07-22 22:29 | 蕃塀を深める | Comments(0)