蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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欄間部と羽目板部の組合せ(その36)大区分で見る(16)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理しており、その中で事例が7番目に多い束柱のみタイプ×3間全方形枠タイプの組合せを紹介している。

 さて、これら11事例を製作年に着目すると、1911年に魚入神社例が、1917年に東町神明社例が、1918年に入鹿出新田神明社例が、1921年に青山八剱社例が、1925年に坂庭神社例が、1928年に祖父江桜方神明社例が、1937年に西島天神社例と西島神明社例が、1946年に天王津島社例が、1987年に丹陽九日市場日吉社例がそれぞれ製作されている。1911年から1987年の非常に長期間にわたって製作されていて、特に時期的に偏りは見られない。

 また、製作者についてみると、北島白髭社例は石工井上、入鹿出新田神明社例は岩倉市の石工石甚、魚入神社1911岡崎市の石工「権」と江南市草井の石工「仙」であった。この結果、角田六三郎や荒木弥助など蕃塀の作例が多い石工は認められない傾向が確認された。

 以上の状況をまとめると、束柱のみタイプ×3間全方形枠タイプの組合せは特別な時期や作者によってできたものではないことが判明した。
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         江南市魚入神社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-28 00:22 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その35)大区分で見る(15)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理している。今回は、その中で事例が7番目に多い束柱のみタイプ×3間全方形枠タイプの組合せを紹介する。

 まず、欄間部の双龍両端タイプは頭部を両端に据えた双龍紋を置くものであり、全部で102事例がある。また、羽目板部の3間全獅子タイプは3間の羽目板部で3区画とも獅子紋を置くものであり、全部で20事例がある。これらが両方とも該当するものは、一宮市丹陽九日市場日吉社、江南市天王津島社、江南市魚入神社、小牧市入鹿出新田神明社、小牧市坂庭神社、稲沢市祖父江桜方神明社、稲沢市西島天神社、稲沢市西島神明社、岩倉市北島白髭社、岩倉市東町神明社、豊山町青山八剱社の各蕃塀(計11例)である。
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         一宮市丹陽九日市場日吉社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-27 00:01 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その34)大区分で見る(14)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理しており、その中で事例が6番目に多い双龍両端タイプ×3間全獅子タイプの組合せを紹介している。

 さて、これら14事例を製作年に着目すると、1928年に須ケ口神明社例と西市場軻具土社例と清洲津島社例がと甚目寺日吉社例と徳重十二所社例と安松八劔社例と高重屋敷神明社と桜3丁目神明社例が、1930年に池部神明社例が、1934年に東五城南田尾神明社例が、1935年に木田八劔社例と篠田白山社例が、1939年に本郷八幡社例が、1942年に西萩原神明社例がそれぞれ製作されている。1928年から1942年の間に製作されていて、とりわけ1928年の事例が多いことが特筆される。

 また、製作者についてみると、木田八劔社例と本郷八幡社例と池部神明社例と須ケ口神明社例と西市場軻具土社例と清洲津島社例と甚目寺日吉社例と徳重十二所社例と安松八劔社例と高重屋敷神明社例と桜3丁目神明社例と西萩原神明社例と東五城南田尾神明社例が名古屋市西区の角田六三郎、篠田白山社例は日光庭石店であった。この結果、圧倒的大多数が名古屋市の角田六三郎であることが判明し、双龍両端タイプ×3間全獅子タイプの組合せは1928年に角田六三郎によって主に製作されたとまとめることができる。
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         北名古屋市徳重十二所社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-26 00:51 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その33)大区分で見る(13)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理している。今回は、その中で事例が6番目に多い双龍両端タイプ×3間全獅子タイプの組合せを紹介する。

 まず、欄間部の双龍両端タイプは頭部を両端に据えた双龍紋を置くものであり、全部で102事例がある。また、羽目板部の3間全獅子タイプは3間の羽目板部で3区画とも獅子紋を置くものであり、全部で20事例がある。これらが両方とも該当するものは、一宮市桜3丁目神明社、一宮市西萩原神明社、一宮市東五城南田尾神明社、稲沢市池部神明社、稲沢市高重屋敷神明社、北名古屋市徳重十二所社、清須市須ケ口神明社、清須市西市場軻具土社、清須市清洲津島社、あま市(旧甚目寺町)本郷八幡社、あま市(旧甚目寺町)甚目寺日吉社、あま市(旧七宝町)安松八劔社、あま市(旧美和町)木田八劔社、あま市(旧美和町)篠田白山社の各蕃塀(計14例)である。
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         一宮市桜3丁目神明社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-25 19:59 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その32)大区分で見る(12)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理しており、その中で事例が5番目に多い双龍両端タイプ×2間両獅子タイプの組合せを紹介している。

 さて、これら15事例を製作年に着目すると、1927年に小路神明社例と高重郷クロ神明社例が、1928年に清水神社例と木全八幡社例が、1935年に丹陽猿海道小豊神社例が、1937年に蜂須賀菅安社例と山之腰天神社例が、1963年に上社日吉神社例が、1967年に一社貴船社例が、1980年に千秋加納馬場日吉社例が、1982年に神野熊野社例が、1984年に蜂須賀八幡社例が、1990年に小網2126番地神明神社例が、1993年に西ノ割熱田社例が、1997年に江松神明社例がそれぞれ製作されている。1927年以降に製作が開始されていて特に戦後の事例が多いことは、4番目に多い双龍両端タイプ×3間2獅子牡丹タイプの組合せと共通する特徴である。

 また、製作者についてみると、山之腰天神社例と清水神社例と小路神明社例と木全八幡社例と高重郷クロ神明社例は名古屋市の角田六三郎、蜂須賀菅安社例は名古屋市のナルセ、蜂須賀八幡社例は津島市の早川石材店、神野熊野社例は岡崎市の小林秋三郎商店であった。このうち、名古屋市の角田六三郎の作品は、その中でも双龍両端Dタイプ×3間2獅子牡丹Dタイプの組合せに限定的に見られる。ただし、他のものは石工の所在地に際立った偏りは認められない。
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         北名古屋市山之腰天神社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-24 00:12 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その31)大区分で見る(11)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理している。今回は、その中で事例が5番目に多い双龍両端タイプ×2間両獅子タイプの組合せを紹介する。

 まず、欄間部の双龍両端タイプは頭部を両端に据えた双龍紋を置くものであり、全部で102事例がある。また、羽目板部の2間両獅子タイプは2間の羽目板部で両方の区画に獅子紋を置くものであり、全部で25事例がある。これらが両方とも該当するものは、名古屋市中川区江松神明社、名古屋市名東区上社日吉神社、名古屋市名東区一社貴船社、名古屋市港区西ノ割熱田社、一宮市丹陽猿海道小豊神社、一宮市千秋加納馬場日吉社、稲沢市清水神社、稲沢市木全八幡社、稲沢市高重郷クロ神明社、岩倉市神野熊野社、北名古屋市山之腰天神社、あま市(旧美和町)蜂須賀菅安社、あま市(旧甚目寺町)小路神明社、あま市(旧美和町)蜂須賀八幡社、各務原市小網2126番地神明神社の各蕃塀(計15例)である。
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         名古屋市名東区一社貴船社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-23 00:05 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その30)大区分で見る(10)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理しており、その中で事例が4番目に多い双龍両端タイプ×3間2獅子牡丹タイプの組合せを紹介している。

 さて、これら16事例を製作年に着目すると、1929年に西之島若宮八幡社例が、1932年に大泉寺八幡社例が、1936年に川部河葉社例が、1969年に下末天神社例が、1973年に東起白山社例が、1979年に川北神社例が、1981年に貴船神明社例が、1988年に宇福寺天神社例が、1989年に日下部白山社例が、1992年に河北神明社例が、1994年に青塚白山社例と上中神明社例と蟹江新町日吉社例が、1996年に日下部沓石神社例が、2000年に廻間八幡社例がそれぞれ製作されている。1929年以降に製作が開始されているが、戦後の1970年以降に事例が急増する。新しい段階に盛んに双龍両端タイプ×3間2獅子牡丹タイプの組合せの蕃塀が造られたといえる。

 また、製作者についてみると、貴船神明社例は岡崎市の武嶋石材店、東起白山社例は岡崎市の東海石材株式会社、川部河葉社例は岡崎市の杉浦硄治、川北神社例は津島市の石久石材店、蟹江新町日吉社例は本間石材、下末天神社例は長谷川石材店であった。この結果、石工の所在地別にみると岡崎市に偏っていることが明らかになった。
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         蟹江町蟹江新町日吉社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-22 00:32 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その29)大区分で見る(9)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理している。今回は、その中で事例が4番目に多い双龍両端タイプ×3間2獅子牡丹タイプの組合せを紹介する。

 まず、欄間部の双龍両端タイプは頭部を両端に据えた双龍紋を置くものであり、全部で102事例がある。また、羽目板部の3間2獅子牡丹タイプは3間の羽目板部で両端に獅子紋と中央に牡丹紋を置くものであり、全部で33事例がある。これらが両方とも該当するものは、名古屋市中川区東起白山社、名古屋市港区上中神明社、一宮市貴船神明社、一宮市宇夫須奈神社、春日井市大泉寺八幡社、小牧市西之島若宮八幡社、小牧市下末天神社、稲沢市日下部白山社、稲沢市日下部沓石神社、北名古屋市宇福寺天神社、清須市廻間八幡社、大口町河北神明社、津島市青塚白山社、愛西市川北神社、あま市(旧七宝町)川部河葉社、蟹江町蟹江新町日吉社の各蕃塀(計16例)である。
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         名古屋市中川区東起白山社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-21 00:41 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その28)大区分で見る(8)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理しており、その中で事例が3番目に多い扁額のみタイプ×3間全方形枠タイプの組合せを紹介している。

 さて、これら18事例を製作年に着目すると、1914年に大和南高井縣社例が、1915年に丹陽三ツ井八幡西八幡社例が、1916年に村久野熱田社例が、1918年に萩原東宮重神明社例と丹陽外崎八幡社例が、1919年に光明寺神明神社例が、1923年に富塚神明神社例が、1924年に祖父江上牧八幡社例と馬場八幡社例が1933年に光明寺十二所神社例が、1934年に西浅井神明社例が、1950年に井上神明社例が、1961年に野口神明社例が、1966年に千秋一色神明社例が、1969年に千秋加納馬場松下津島社例が、1990年に丹陽九日市場神明社例が、1992年に大毛神社例がそれぞれ製作されている。1914年から1992年までの期間にわたり製作され、ほぼ石造連子窓型蕃塀が製作された期間全体に及んでいる。特に最も盛んに造られた時期は認め難い状況である。

 また、製作者についてみると、千秋加納馬場松下津島社例は岩倉市曽野の石銀、千秋一色神明社例は岡崎市の新美栄太郎、祖父江上牧八幡社例は津島市の石博、丹陽外崎八幡社例は名古屋市西区の荒木弥助であった。

 石工の所在地別にみるとばらばらで、判明する事例がそもそも少ない。一方、蕃塀が所在する場所については、一宮市が14事例、稲沢市が2事例、江南市と岩倉市が各1事例となっていて、一宮市に大きく偏っていることが明らかになった。
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         一宮市光明寺十二所神社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-20 07:54 | 蕃塀を深める | Comments(0)

欄間部と羽目板部の組合せ(その27)大区分で見る(7)

 現在は、石造連子窓型蕃塀の上位の紋様帯(欄間部)を17類、下位の紋様帯(羽目板部)は24類に大別して、その組合せを整理している。今回は、その中で事例が3番目に多い扁額のみタイプ×3間全方形枠タイプの組合せを紹介する。

 まず、欄間部の扁額のみタイプは扁額または扁額状石板を置くものであり、全部で20事例がある。また、羽目板部の3間全方形枠タイプは3間の羽目板部で3区画とも方形枠を置くものであり、全部で125事例がある。これらが両方とも該当するものは、一宮市千秋加納馬場松下津島社、一宮市光明寺十二所神社、一宮市萩原西御堂津島神社、一宮市富塚神明神社、一宮市西浅井神明社、一宮市光明寺神明神社、一宮市萩原東宮重神明社、一宮市大和南高井縣社、一宮市丹陽三ツ井八幡西八幡社、一宮市千秋一色神明社、一宮市野口神明社、一宮市丹陽九日市場神明社、一宮市丹陽外崎八幡社、一宮市大毛神社、江南市村久野熱田社、稲沢市馬場八幡社、稲沢市祖父江上牧八幡社、岩倉市井上神明社の各蕃塀(計18例)である。
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         一宮市千秋加納馬場松下津島社の蕃塀
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by banbeimania | 2011-02-19 00:27 | 蕃塀を深める | Comments(0)