蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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名古屋市港区の蕃塀

 愛知県神社庁の資料によれば、名古屋市港区には45社の神社が記載されている。私は昨年5月中にこの45柱の神社を踏破したが、このうち蕃塀を持つ神社は、既に紹介した東茶屋神明社南陽上中神明社福屋西ノ割熱田社茶屋後神明社小碓神明社藤前神明社春田野神明社の7例のみである。

 この他の、南陽小川新田熱田社、辰巳稲荷社、東築地神社、千鳥築地神社、魁町池鯉鮒社、須成素盞鳴神社、本宮龍神社、寛政二名社、土古八剣社、正徳1丁目神明社、正徳2丁目神明社、当知神明社、明正神明社、善進神明社、多加良浦神明社、十一屋稲荷社、宝神会所裏熱田社、宝神敷地熱田社、稲永5丁目1神明社、稲永5丁目13神明社、錦神社、東茶屋八幡社、七島神明社、藤高神明社、秋葉町秋葉社、新茶屋4丁目秋葉社、福田前新田神明社、西福田宮ノ切神明社、南陽下中神明社、西福田東之割熱田社、西福田字野田熱田社、春田野南陽神社、船頭場白山社、小賀須秋葉社、知多山神社、七反野神明社、八百島稲荷社、東蟹田神明社の38柱には蕃塀は認められなかった。なお、資料の地名と現地名が異なる場合があり、かつ同じ神社名が重なることがあり、神社の同定に誤謬が生じた可能性は否定できないことを断っておきたい。また、愛知県神社庁の資料には存在しない正徳5丁目神明社には蕃塀は認められたが、福田川神社には蕃塀は認められなかった。

 以上の結果、名古屋市港区では愛知県神社庁のリスト中の約15.6%の神社で蕃塀が存在することが判明した。この数値をこれまで紹介してきた他の名古屋市内の区と比較すると、北区(22社中11社:50%)・名東区(7社中2社:約43%)・昭和区(10社中3社:30%)・千種区(10社中3社:30%)・中村区(49社中9社:約18%)・西区(31社中5社:約16%)よりも少なく、中区(24社中3社:約13%)・守山区(17社中2社:約12%)・天白区(9社中1社:約11%)、熱田区(29社中3社:約10%)・東区(16社中1社:6.25%)・名古屋市瑞穂区(17社中0社:0%)よりは多いといえる。名古屋市の中では、港区は蕃塀を持つ神社の割合が多くも少なくもない地域であるということになる。
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by banbeimania | 2011-06-12 00:20 | 探索の記録 | Comments(1)

名古屋市港区春田野神明社の蕃塀

 名古屋市港区春田野3丁目に所在する神明社は、寛永17年(1640)に鬼頭勘兵衞景義が伊勢神宮の御分霊を祀ったのが始まりである。昭和20年(1945)に空襲により焼失し、その後再建された社殿も伊勢湾台風などの影響を受け老朽化したため、平成元年に新築造営された。祭神は国常立命である。

 春田野神明社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.4m、屋根長約3.1m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石敷の参道に基壇を持たないで礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広い角柱による束柱を1本立て2区画に分けられており、表面は両区画に獅子紋が彫刻されていたが、裏面には特に何も刻まれていなかった。欄間部は、中央に「神明社」と刻まれた扁額を持ち、頭部を中央部に寄せる双龍紋が表現されていた。欄間部には透かしが全く存在しない。円柱の柱頭に腕木板は前後と外側にあり、連子窓部は円柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石の両端は外側にわずかに突き出ている。控え柱も全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 春田野神明社は、正面から灯籠、鳥居、灯籠群、蕃塀、狛犬、コンクリート製平入拝殿、狛犬から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 春田野神明社の蕃塀は製作年代や製作者は不明であるが、平成元年に社殿改築に伴い諸施設の一つとして建造されたものと推測される。欄間部や羽目板部にある彫刻は、均整がとれている反面、躍動感に乏しい作風となっている。
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by banbeimania | 2011-06-08 22:30 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区藤前神明社の蕃塀

 名古屋市港区藤前2丁目に所在する神明社は、創建年代は不明であるが、明治5年には村社となっている。昭和34年(1959)に伊勢湾台風により被災した。現在の社殿は昭和51年(1976)に改造され、この時に手水鉢などの諸施設も整備された。祭神は天照大神である。

 藤前神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.8m、全高約2.4m、屋根長約3.9m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石敷の参道の途中に特別に基壇を持たず、アスファルト敷?の地面に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられているが、表面は左右の区画に倒立する獅子紋が、中央の区画に牡丹紋が彫刻されていた。羽目板の裏面には、中央の区画に「建之藤前土地改良 昭和五十一年五月」の文字が刻まれていた。欄間部は、中央に「神明社」と刻まれた扁額を持ち、頭部を両端に置く双龍紋が表現されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は円柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石の両端は外側に突き出ていない。控え柱も全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 藤前神明社は、正面から狛犬、灯籠、鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠群、狛犬、コンクリート製平入拝殿、狛犬から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 藤前神明社の蕃塀は、昭和51年(1976)に製作されたものであるが、作者は不明である。社殿改築に伴い諸施設の一つとして建造されたものであり、境内の石碑には蕃塀のことを「不浄除」と記されていた。羽目板部の両獅子紋と牡丹紋の組合せは戦後の事例が多いことが判明しているが、これもその傾向を示す事例ということができる。
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by banbeimania | 2011-06-05 23:35 | 蕃塀の事例 | Comments(0)