蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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蕃塀30選(No1)皇大神宮の蕃塀

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 三重県伊勢市五十鈴川上に所在する皇大神宮の蕃塀は、3間巾の木造衝立型蕃塀である(詳細はこちら)。

 皇大神宮(内宮)は、国道23号の終点がほぼ入り口となる大社である。
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 皇大神宮では、蕃塀は御正宮の東西南北の四面と、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿の各前面に、それぞれ1基ずつ存在し、合計7基がある。ここでは御正宮に伴う蕃塀を取り上げたい。現在の皇大神宮御正宮の蕃塀は、20年の一度行われる式年遷宮により、建造物としては20年以上遡ることはないが、古い構造がそのまま再現されているものと理解できる。4基のうち、皇大神宮御正宮南面の蕃塀を間近に見ることができるが、これは御正宮南御門の外側で石段となっている参道の下に存在する。その構造は、基壇を持たずに掘立柱で柱を立てて、石列の上に地貫を置くという特徴があり、覆板の上面も白木である。

 本蕃塀は、豊受大神宮と同様に、美しい白木造りで気品にあふれている。蕃塀30選の最初にこの事例を選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-25 22:20 | 蕃塀30選 | Comments(0)

蕃塀30選(No2)豊受大神宮の蕃塀

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 三重県伊勢市豊川町に所在する豊受大神宮の蕃塀は、3間巾の木造衝立型蕃塀である(詳細はこちら)。

 豊受大神宮(外宮)は、近鉄山田線およびJR参宮線の伊勢市駅から南西約400mに所在する大社である。
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 豊受大神宮では、蕃塀は御正宮の東西南北の四面に各1基ずつ存在し、合計4基がある。現在の豊受大神宮の蕃塀は、20年の一度行われる式年遷宮により、建造物としては20年以上遡ることはありえないが、古い構造がそのまま再現されているものと理解できる。4基のうち、豊受大神宮御正宮南面の蕃塀を間近に見ることができるが、これは御正宮の板垣南御門の外側にある。その構造は、基壇を持たずに掘立柱で柱を立てて覆板の上面も白木であるという特徴があり、熱田神宮の蕃塀よりもさらにシンプルなものであった。

 本蕃塀は、美しい白木造りで気品にあふれている。蕃塀30選の上位に選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-24 23:15 | 蕃塀30選 | Comments(0)

伊勢神宮の蕃塀(まとめ)

 これまでに伊勢神宮の内宮と外宮の蕃塀を紹介してきた。そして、内宮(皇大神宮)の御正宮と外宮(豊受大神宮)の御正宮に伴う蕃塀と、内宮の諸施設に伴う蕃塀の2種があることが判明した。このうち、前者の御正宮に伴う蕃塀は『神道大辭典』に記述される「蕃塀」そのものである。一方、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀は『神道大辭典』に記述される「蕃塀」ではない。

 『神道大辭典第三巻』臨川書店、昭和12年7月19日発行、編集:下中彌三郎 によれば、「皇大神宮・豊受大神宮の東西南北の板垣御門外にあって障蔽をなす塀。現制は横板嵌、弘二丈、高一丈。『皇大神宮儀式帳』には見えないが、『止由氣宮儀式帳』に「蕃垣參重長各二丈」と見え、また『顯廣王記』治承二年十月の條に「大神宮御前屏柱」、建久の『皇大神宮年中行事記』に屏垣と見えるから、古くから存じたことが知れる。中世御垣と共に廃絶したものを明治二年に玉垣とともに再興せられた。」とある。

 御正宮に伴う正しい「蕃塀」は「板垣御門外にあって障蔽をなす塀」である。私の印象では、御正宮を囲う板垣が御門の部分のみ切り抜かれ、その部分が外側に移動した結果できた塀という感じがしたのであった。しかも、特に南面の蕃塀は、参道の御正宮の反対側の縁に所在していて、決して参拝者を遮断して参拝者の視線から内部を覆い隠す形になっていないのである。これは、皇大神宮も豊受大神宮もさらに熱田神宮の蕃塀にも当てはまる特徴といえる。

 これに対して、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀?は、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿の入口(内部)を覆い隠す形になっている、と私には感じられる。明らかに、御正宮を囲う蕃塀とは異なる配置と思われるのだ。実は、尾張地域の神社を中心に展開する連子窓型蕃塀は、御酒殿・由貴御倉・忌火屋殿に伴う蕃塀と同様の配置で、拝殿や本殿の正面入口に面して建設されていて、神宮御正宮に伴う蕃塀とは配置が異なるのである。

 ここで思い出されるのは、尾張地域の神社を中心に展開する連子窓型蕃塀が、江戸時代においては多く「透垣」、「籬」などと称されていて、「蕃塀」と呼ばれた事例を寡聞にして知らないことである。つまり、連子窓型蕃塀は本来「蕃塀」と呼ばれておらず、後に(近代以降に)「蕃塀」と呼ばれるようになったのであろう。そして、近代以降に「蕃塀」と呼ばれたのは、伊勢神宮の蕃塀に類似していることから、その名称が使用された可能性を考えてみたい。「藩塀」と呼ばれる事例があるのも、その用字に混用や誤用が生じた結果なのかも知れない、と考えられないであろうか。

 こういった推測を確かめるためには、もっときちんと文献を調査する必要があるが、この点はいつか明らかにしていきたいと思っている。
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by banbeimania | 2007-12-25 00:46 | 蕃塀を深める | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(6)

 伊勢神宮の内宮には皇大神宮の他に、多くの別宮・摂社や末社が存在する。私はこの12月に一般に参拝可能な内宮神域およびその周辺の別宮・摂社・末社のほぼ全てを参拝したが、このうち蕃塀は、既に紹介した豊受大神宮御正宮の東西南北の四面に面する蕃塀と御酒殿、由貴御倉、忌火屋殿に伴う蕃塀の7例が存在することを確認した(実際に確認できたのは6例)。

 この他の風日祈宮、荒祭宮(以上別宮)、津長神社、大水神社(以上摂社)、(以上末社)、饗土橋姫神社、子安神社、大山祇神社、滝祭神、四至神、御稲御倉(以上所管社)の10柱には蕃塀は認められなかった。また、神楽殿、五丈殿、御贄調舎、外幤殿、内御厩、外御厩などの内宮の諸施設に伴う蕃塀も存在しなかった。

 以上の結果、豊受大神宮とは相違して、皇大神宮では御正宮以外にも蕃塀は存在することが判明した。御正宮に伴う蕃塀と御正宮以外に伴う蕃塀との間には、規模の点で大きく異なっている。前者は3間巾であるのに対し後者は1間巾であり、1間の大きさも後者の方がやや小さい。しかし、塀自体の構造はよく似ており、これは御正宮の外周を巡る板垣に極めて類似したものといえる。

 私の印象としては、皇大神宮と豊受大神宮ともに御正宮に伴う蕃塀は、御門が設置された部分について外周を巡る板垣がそのまま外側に飛び出たような施設に感じられた。一方、皇大神宮の御正宮以外に伴う蕃塀は、蕃塀と同様な構造を持つ板垣がその本体施設に附属する形では全くないことが特徴である。そもそも御正宮以外に伴う「蕃塀」のようなものを「蕃塀」と記した文献を私は知らないので、御正宮に伴う蕃塀とは性質の異なるものかも知れない。

 もし、御正宮に伴う蕃塀が御門部分において突き出た板垣の一部であるという私の印象(つまり「蕃垣」が切り抜かれ外側に移動した部分としての「蕃塀」という理解)が正しいとすれば、視線を遮断するという意味よりも神域を画する境界の意味の方が強いのではないかと思うのである。
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by banbeimania | 2007-12-24 00:43 | 蕃塀を深める | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(5)

 皇大神宮では、御正宮以外にも蕃塀がいくつか存在するが、今回は忌火屋殿(いみびやでん)に伴う蕃塀を紹介する。

 この忌火屋殿は、皇大神宮の神域内にあり、第二鳥居から参道を東に向かうと御正宮の手前に所在する。五丈殿の東、参道の北側にあり、木造二重板葺切妻造り平入の建物で、諸祭典の神饌を調理するところである。そこでは御火鑽具によって忌火(清浄な火)をきり出して用いるという。

 忌火屋殿に伴う蕃塀は1間巾の木造衝立型蕃塀である。この蕃塀に接近して観察することはできなかったので、大きさは不明であるが、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に円柱を2本立てて上端に幅広の覆板(笠木)を載せている。忌火屋殿前に敷き詰められた黒玉石の砂利により基礎構造は隠れて不明な点が多いが、2本の柱は掘立柱のようである。柱間には自然石を一列に並べ、柱脚に盤(地貫)、柱頭には樋(頭貫)を渡している。柱間壁面は横羽目板が嵌め込まれているが、枚数は特定できない。覆板(笠木)は断面形が五角形の角材が用いられていた。表面は白木のままである。

 忌火屋殿の蕃塀は、平入の忌火屋殿のうち東寄りの扉の前(南側)に、建物に平行して存在する。ちょうど蕃塀は忌火屋殿の東扉を隠すような形となっている。忌火屋殿の西側半分には板垣が巡っており、板垣と少し間をおいて蕃塀が所在することになる。蕃塀の前には縄で結界が結ばれた空間が存在する

 忌火屋殿の蕃塀は、御酒殿や由貴御倉と同様に、皇大神宮御正宮の蕃塀に比べれば、規模は1間で格段に小さいが、塀自体の構造は御正宮の蕃塀とほとんど同一である。大きさは御酒殿と同等のように感じられるが断言はできない。
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by banbeimania | 2007-12-23 00:44 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(4)

 皇大神宮では、御正宮以外にも蕃塀がいくつか存在している。今回は由貴御倉(ゆきのみくら)に伴う蕃塀を紹介する。

 この由貴御倉は、皇大神宮の神域内にあり、内宮神楽殿と忌火屋殿の間にある五丈殿の後方に所在する。前回紹介した御酒殿の東側に並んで五丈殿の北側にあり、木造板葺切妻造り平入の神明造の社殿で、由貴御倉神をおまつりする内宮所管社の一つである。御酒殿神とともに大御饌祭のお供えや果物を納めておく御倉であった。

 由貴御倉に伴う蕃塀は1間巾の木造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.0m、全高約1.9m、屋根長約2.4m、屋根巾約0.2mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に円柱を2本立てて上端に幅広の覆板(笠木)を載せている。由貴御倉前に敷き詰められた黒玉石の砂利により基礎構造は隠れ不明な点が多いが、2本の柱は掘立柱のように見えた。柱間には自然石を一列に並べ、柱脚に盤(地貫)、柱頭には樋(頭貫)を渡している。柱間壁面は横羽目板を各間に8枚嵌め込まれている。覆板(笠木)は断面形が五角形の角材が用いられていた。表面は鉋で美しく仕上げられ白木のままである。

 由貴御倉の蕃塀は、平入の由貴御倉の前(南側)に、建物に平行して存在する。由貴御倉は御酒殿と相違して一重の板垣に囲まれ、正面に御門が存在しており、蕃塀はその御門の外側に位置する。五丈殿から由貴御倉をみると、蕃塀が由貴御倉をスッポリと隠すような形となっている。

 由貴御倉の蕃塀は御酒殿と同様に、皇大神宮御正宮の蕃塀に比べれば、規模は1間で格段に小さく、大きさは御酒殿よりも更に小振りである。ただ、塀自体の構造は、御正宮の蕃塀とほとんど同一である。
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by banbeimania | 2007-12-22 12:14 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(3)

 皇大神宮では、御正宮以外にも蕃塀がいくつか存在することを確認している。今回はこのうちの御酒殿(みさかどの)に伴う蕃塀を紹介する。これは堀池論文でも紹介されていたものである。

 この御酒殿は、皇大神宮の神域内にあり、第二鳥居から御正宮に向かう途中の内宮神楽殿と忌火屋殿の間にある五丈殿の後方に所在する。御酒殿は由貴御倉と並んで五丈殿の北側にあり、木造板葺切妻造り平入の殿舎で、御酒殿神をおまつりする内宮所管社の一つである。古くは諸神にお供えする神酒を醸造する所であった。現在は年に三度の御酒殿祭がこの御前で行われている。

 御酒殿に伴う蕃塀は1間巾の木造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.3m、全高約2.3m、屋根長約2.7m、屋根巾約0.2mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に円柱を2本立てて上端に幅広の覆板(笠木)を載せている。御酒殿前に敷き詰められた黒玉石の砂利により基礎構造は隠れ不明な点が多いが、2本の柱は掘立柱のように見えた。柱間には自然石を一列に並べ、柱脚に盤(地貫)、柱頭には樋(頭貫)を渡している。柱間壁面は横羽目板を各間に9枚嵌め込まれている。覆板(笠木)は断面形が五角形の角材が用いられていた。表面は鉋で美しく仕上げられ白木のままである。

 御酒殿の蕃塀は、平入の御酒殿の前(南側)に、建物に平行して存在する。五丈殿から御酒殿をみると、明らかに蕃塀が視線を遮断する形となっている。ただ、御酒殿は一般的に参拝者を受け入れる施設とは思われないので、参拝者の視線を遮る形で造られていると断定することは難しいように思われる。なお、御酒殿の周囲には板垣などの境界を示す施設は見当たらない。

 御酒殿の蕃塀は、皇大神宮御正宮の蕃塀に比べれば、規模は1間で格段に小さく大きさもやや小振りである。しかし、塀自体の構造は、御正宮の蕃塀とほとんど同一であるといえる。
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by banbeimania | 2007-12-21 00:47 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(2)

 皇大神宮では、蕃塀は御正宮の東西南北の四面に各1基ずつ存在する。前回は、このうちの皇大神宮御正宮南面の蕃塀を紹介した。今回は、南面以外の皇大神宮御正宮の蕃塀をみていきたい。

 皇大神宮御正宮の蕃塀は、御正宮の板垣(外郭)の東西南北に開く御門の外側にそれぞれ1基ずつ存在することが、様々な文献に記されている。南面の蕃塀は私たちが普通に接近できる場所に所在するため、詳細に観察することができた。しかし、その他の3基については接近できる状況ではなく、その存在を遠目に確認することができたのは、西面と北面のみである。東面の有無については自分の目では確かめられなかった。

 皇大神宮御正宮西面の蕃塀は、現状では式年遷宮を行うための古殿地に存在し、その古殿地の南側からみることができた。3間巾の木造衝立型蕃塀で両側には控え柱を持たないものである。下部構造は全く分からなかったが、円柱を4本立てて上端に断面形が五角形の覆板(笠木)を載せており、柱頭には樋(頭貫)を渡している。各間に嵌め込まれた横羽目板は6枚までは確認できたが、全部で何枚かは不明である。表面は白木のままのようである。
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 皇大神宮御正宮東面の蕃塀は、現状では御正宮の東側に行く手段が普通にはないので、有無の確認ができない。

 皇大神宮御正宮北面の蕃塀は、現状では荒祭宮に至る参道の途中で、木々の隙間から遠目にその存在をみることができた。本当に遠方過ぎて概略な構造すらよくわからない。3間巾の木造衝立型蕃塀のように見え、表面は白木のままであると思われた。

 さて、このような断片的な情報で安易に推測してはいけないのであるが、豊受大神宮御正宮の東西南北の四面に各1基ずつ存在する蕃塀が全て同じ構造であることから類推するに、おそらく皇大神宮御正宮の東西南北の四面に各1基ずつ存在する蕃塀も全て同じ構造を呈していると思われる。とりあえず観察できた断片的な情報に、上記の仮説と矛盾する点がないのである。
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by banbeimania | 2007-12-20 00:14 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

伊勢市皇大神宮の蕃塀(1)

 豊受大神宮(外宮)の蕃塀の次は、皇大神宮(内宮)の蕃塀を紹介していきたいと思う。

 皇大神宮について『ウィキペディア(Wikipedia)』では、次のように解説される。『日本書紀』によれば、天照大神は宮中に祀られていたが、崇神天皇6年、笠縫邑に移し豊鍬入姫命に祀らせた。垂仁天皇25年、倭姫命が後を継ぎ、御杖代として天照大神を祀るための土地を求めて各地を巡った。その途中に一時的に鎮座した場所は元伊勢と呼ばれる。垂仁天皇26年、伊勢国にたどり着いたとき、「この国に留まりたい」という天照大神の神託があり、倭姫命は五十鈴川上流の現在地に祠を建てて祀り、磯宮と称したのが皇大神宮の始まりである。という。

 皇大神宮では蕃塀がいくつか存在することが確認された。このうち、豊受大神宮と同様に、皇大神宮御正宮の東西南北の四面に蕃塀が各1基ずつ存在することが判明している。ここではまず、詳細に観察することができた皇大神宮御正宮南面の蕃塀を紹介する。御正宮南面の蕃塀は3間巾の木造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約6.0m、全高約2.9m、屋根長約7.1m、屋根巾約0.4mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に円柱を4本立てて上端に幅広の覆板(笠木)を載せている。参道に敷き詰められた黒玉石の砂利により基礎構造は隠れ不明な点が多いが、全ての柱が掘立柱のように見えた。柱間には自然石を一列に並べ、柱脚に盤(地貫)、柱頭には樋(頭貫)を渡している。柱間壁面は横羽目板を各間に8枚嵌め込まれている。覆板(笠木)は断面形が五角形の角材が用いられていた。表面は鉋で美しく仕上げられ白木のままである。

 皇大神宮御正宮南面の蕃塀は、御正宮の板垣南御門の外側にある。板垣南御門から外に出て石段を下り、西方向に伸びる参道の門に対して反対側の縁に蕃塀は存在する。蕃塀の南側には御贄調舎が所在し、この御贄調舎からの視線を遮断するような形となっている。参道の南縁に並べられた石列に近接して北側に位置している点は、豊受大神宮(外宮)の蕃塀と同様であろう。この蕃塀も参拝者の視線を遮る形に配置されてはいないといえる。

 皇大神宮御正宮南面の蕃塀は、豊受大神宮御正宮南面の蕃塀と極めて近似するが、比べるといくつかの点で異なっている。皇大神宮御正宮南面の蕃塀の方がわずかに規模が小さく、各間に嵌め込まれた横羽目板は豊受大神宮御正宮南面の蕃塀は9枚に対し、皇大神宮御正宮南面の蕃塀は8枚であった。

 いずれにしても、皇大神宮御正宮南面の蕃塀も美しい白木造りで気品に溢れたものといえる。
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by banbeimania | 2007-12-19 01:00 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

伊勢市豊受大神宮の蕃塀(3)

 伊勢神宮の外宮には豊受大神宮の他に、多くの別宮・摂社や末社が存在する。私はこの12月に外宮神域およびその周辺の別宮・摂社・末社をある程度参拝したが、このうち蕃塀を持つ神社は既に紹介した豊受大神宮御正宮の東西南北の四面に面する蕃塀の4例のみであった。

 この他の土宮、風宮、多賀宮、月夜見宮(以上別宮)、度会国御神社、高河原神社(以上摂社)、大津神社(以上末社)、四至神、下御井神社、御酒殿神(以上所管社)、豊川茜稲荷神社の11柱には蕃塀は認められなかった。また、神楽殿、五丈殿、九丈殿、御饌殿、忌火屋殿、御酒殿、御厩などの外宮の諸施設に伴う蕃塀も存在しなかった。

 以上の結果、豊受大神宮では、蕃塀は御正宮に伴うものしか存在しないことが判明した。なお、御正宮に伴う蕃塀に関しては、次の3点について改めて確認しておきたい。
1)式年遷宮を行うための古殿地に伴う蕃塀は存在しない。蕃塀も他の社殿と同様に20年ごとに建て替えられるといえる。
2)従って、現在存在する蕃塀は、前回の第61回式年遷宮が執り行われた1993年前後に建設されたものである。
3)豊受大神宮御正宮南面の蕃塀は、御正宮の外周を巡る板垣に極めて類似した塀構造を持っている。

 一般に伊勢神宮は式年遷宮を行うことにより建築様式や技術を伝承してきたとみられる。よって、現在の蕃塀は一見して古式を残した建造物と考えられる。しかし、『神道大辭典』の記述を信用すれば、そう単純に話は決まらないようだ。『神道大辭典』では、神道の国教化などの政策を進めるために明治2年(1869)の第55回式年遷宮の際に玉垣と共に蕃塀が再興されたというからだ。
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by banbeimania | 2007-12-18 00:40 | 蕃塀の事例 | Comments(2)