蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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簡略雲形腕木と湾曲肘木の組合せ(その5)

 木造連子窓型蕃塀の屋根を支える腕木と肘木は、装飾のあり方から大きく22類に区分でき、その中で「簡略雲形腕木と湾曲肘木の組合せ」の事例は6類に細分できる。今回も簡略雲形腕木と湾曲肘木Cタイプを取り上げる。

 簡略雲形腕木と湾曲肘木Cタイプは、肘木の下部先端が大きく丸く削られていて、腕木の先端を方形に切り取り桁をはめ込むもので、このタイプの木造連子窓型蕃塀は全部で9社に事例がある。今回は前回紹介できなかった3事例を例示したい。
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        稲沢市祖父江二俣神明社の蕃塀の腕木と肘木
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        北名古屋市牟都志神社の蕃塀の腕木と肘木
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        扶桑町楉埜神社Aの蕃塀の腕木と肘木

 前回紹介した6事例を含めたこれら9事例は、全て製作年代と製作者は不明である。塔野地東屋敷熊野社例は2間巾の木造連子窓型蕃塀である他は、3間巾の木造連子窓型蕃塀となっている、屋根構造をみると、宇都宮神社例は桧皮葺きで反りの無い直線屋根、塔野地東屋敷熊野社例は桟瓦葺き屋根である。残りの7事例は全て屋根は銅板一文字葺き屋根である。
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by banbeimania | 2011-11-29 00:53 | 蕃塀を深める | Comments(0)

蕃塀30選(No7)御器所八幡宮の蕃塀

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 名古屋市昭和区御器所4丁目4番地24号に所在する御器所八幡宮の蕃塀は、3間巾の木造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 御器所八幡宮は、名古屋地下鉄鶴舞線荒畑駅4番出口から南約800mで、名古屋市立村雲小学校の東隣に位置する。国道41号線(空港線)の「白金1丁目」の交差点から細い道を東に向かい約400m進み、1つ目の信号を越えて最初に右手(南側)曲がる道に入ると、左手に御器所八幡宮の社叢に至る。
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 御器所八幡宮の蕃塀は、木造連子窓型蕃塀の中では彩色が鮮やかで、大棟の上に千木や鰹木を置くものである。本蕃塀で最も特徴的なのは、欄間部には「清浄門」と記された板が存在し、鈴が付けられている点であり、こうした付属物は他に類例が認められない。蕃塀はもともと地元では「不浄除け」と呼ばれることが多い施設であり、「清浄門」と記された板は蕃塀の意義を明らかにする上で重要なものかもしれない。

 彩色のある銅板葺き反り屋根の木造連子窓型蕃塀の典型的事例として、選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-17 23:27 | 蕃塀30選 | Comments(0)

蕃塀30選(No15)魚入神社の蕃塀

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 江南市小杁町八幡東96番地に所在する魚入神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 魚入神社は、江南市立草井小学校の南南西約200mに位置する。県道154号線の「村久野」の交差点を北に進み、2番目の信号のある交差点を過ぎるとその左手が魚入神社である。
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 魚入神社の蕃塀は、1911年に岡崎市の石工「権」と江南市草井の石工「仙」によって作製されたもので、石造連子窓型蕃塀としては最古のものである。連子窓部は木製の竪連子に補修されており、本来の姿をとどめていないが、その他の部分は良好に残存している。連子窓部が全体のバランスから見て高いことや、屋根石の下面が抉れていることなどの特徴があり、古い様相を示しているかもしれない。羽目板部には彫刻はなく、石が荒く削られたままの状態であった。

 全ての石造連子窓型蕃塀の中で最古のものとして、本蕃塀を選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-09 23:27 | 蕃塀30選 | Comments(0)

蕃塀30選(No24)日置八幡宮の蕃塀

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 愛西市日置町本郷131番地(旧海部郡佐屋町大字日置字本郷94)に所在する日置八幡宮の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 日置八幡宮は、名鉄尾西線の「日比野」駅から東約300mに位置する。県道105号線と県道114号線が交わる「西愛宕町」の交差点を南下すると、左手(東側)に新しく普請された日置八幡宮の社殿が見えてくる(写真は社殿の建替えが行われる前の風景である)。
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 石造連子窓型蕃塀の名工である名古屋市西区八坂町の角田六三郎の作品の中で、高さが最大となる日置八幡宮は、その彫刻が優美である。羽目板部は表面両側に倒立獅子紋が、表面中央に竹に虎紋が、裏面両側に狛犬紋が、欄間部は頭部を両端に配置して複雑に反転する双龍紋が、それぞれ彫刻されている。1929年の作品であり、各彫刻群も安定した仕上がりとなっており、眼に特徴のある表情が印象的である。

 角田六三郎の石造連子窓型蕃塀の典型的事例として選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-03-30 22:20 | 蕃塀30選 | Comments(0)

蕃塀30選(No30)市之久田八幡社の蕃塀

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 小牧市市之久田1丁目350番地(旧字昭和188番地)に所在する市之久田八幡社の蕃塀は、2間巾のコンクリート造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 市之久田八幡社は、大雑把に言えば、県営名古屋空港の北側に所在する。「いちのくた幼稚園」や「養光寺」の西側にある神社で、県道166号線の「市之久田南」交差点から少し東に行ったところに鳥居が存在し、北に向かって参道が延びる。
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 コンクリート造連子窓型蕃塀は、これまでに9例が確認されており、いずれも個性的な形になっているのが特徴である。その中でも市之久田八幡社の蕃塀は、木造連子窓型蕃塀をより近くに似せようと造られている点が秀逸である。下半の羽目板部には化粧板として石板を貼付け装飾し、連子窓部の竪連子では配色を変えるなど、各所に工夫が認められる。また、コンクリート造連子窓型蕃塀には珍しい銅板葺き屋根が採用されている。

 いろいろな個性的な特徴が多い反面、高さが1.7mと低く、本格的な石造や木造の事例と比べると、どうしても安造り感は否めない。しかし、古風な塀を造り出そうとする意欲を評価し、本事例を選びたい。
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by banbeimania | 2010-03-24 23:26 | 蕃塀30選 | Comments(0)

岐阜県各務原市川島渡町八幡神社の蕃塀

 岐阜県各務原市川島渡町字南渡に所在する八幡神社は、境内前にある掲示板に天明6年(1780)に創建されたという。祭神は応神天皇である。

 川島渡町八幡神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.4m、全高約2.4m、屋根長約4.2m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石を周囲に巡らせたコンクリート製基壇に礎石を置き、その上に円柱を4本立てて屋根石を載せている。円柱の間には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部の表面には、右側の区画に波涛上を飛翔する鳥紋、中央の区画に龍紋、左側の区画に岩上の社紋?が彫刻されていた。羽目板部の裏面には、右側の区画に人名48名分、中央の区画に「寄附者 (人名1名分) (丸に吉)組 大正十三年一月建之」、左側の区画に人名46名分の文字が刻まれていた。左側の円柱裏面には「□□ 石匠 伊神□(仙カ)太郎」と記されていた。欄間部は、両側の区画に獅子像が、中央の区画に「八幡社」と「神明社」の扁額が置かれており、両外側の円柱の柱頭の前後には腕木板が、外側には梁石が存在する。連子窓部は各区画とも角柱を4本ずつ立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端がわずかに外側に突き出ていた。

 川島渡町八幡神社は、正面から灯籠群、一の鳥居、灯籠群、二の鳥居、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 川島渡町八幡神社の蕃塀は、大正13年(1924)に江南市草井の石工伊神仙太郎によって製作されたものである。江南市草井の石工伊神仙太郎の手による蕃塀には、江南市東野神社の蕃塀(1920)と江南市宮田川島神社の蕃塀(1923)があり、江南市魚入神社の蕃塀(1911)と江南市草井天神社の蕃塀(1928)も石工伊神仙太郎本人かそれと関連が深い人物の作品と考えられたものである。このうち、宮田川島神社の蕃塀は、主柱が4本据えられ、しかも梁石を持つことが、他の蕃塀には見られない最大の特徴と評価されていた。本蕃塀も、主柱が4本据えられており、梁石は欄間部の内側には存在しないものの外側には認められることから、この宮田川島神社の蕃塀とは共通点が多いといえよう。
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by banbeimania | 2009-05-16 23:38 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市熱田区千年八幡社の蕃塀

 名古屋市熱田区千年2丁目に所在する八幡社は、境内にある由緒書によれば、もともとは尾張藩徳川家の下屋敷南庭に鎮座されていたのを、天保8年(1837)に現在地付近に遷座されたものという。数回にわたり社殿が造営・改築され、昭和35年(1960)に本殿、昭和54年(1979)に祝詞殿や拝殿などが造営された。祭神は誉田別命である。

 千年八幡社の蕃塀は、2間巾のコンクリート造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.4m、全高約2.1m、屋根長約2.8m、屋根巾約0.5mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接コンクリート敷き参道にコンクリート製基礎を据えて、木造衝立型蕃塀をモチーフとしたコンクリート製蕃塀が造られている。模倣されたモチーフで構造を説明すると、円柱を3本立てて上端に覆板(笠木)を載せて骨格が作られる。基礎部分は礎石と布基礎が設置された形態に模倣され、柱頭の樋(頭貫)を渡す形に造り、柱間壁面は横羽目板を各間に5枚嵌め込まれているものである。下から1枚目と2枚目の横羽目板の間に貫を1本挿入している。覆板(笠木)は断面形がほとんど長方形に近い五角形の角材が用いられ、特に反ることもなく直線的に伸びていた。柱と貫と覆板はピンク色、横羽目板は白色に塗布されていた。左側の羽目板裏面には「昭和五十四年五月三日 (会社名)株式会社」の黒色文字が刻まれた灰色石板が貼付されている。

 千年八幡社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けのコンクリート製妻入拝殿、コンクリート製渡殿、狛犬から基壇上の本殿に至る構成を持つ。

 千年八幡社の蕃塀は、昭和54年(1979)に製作されたものだが、作者は不明である。拝殿などの造営に伴い蕃塀も設置されたといえよう。衝立型蕃塀は、伊勢神宮と熱田神宮の木造の事例を除くと、これで13例目となり、コンクリート造衝立型蕃塀としては6事例目である。本蕃塀のように表面を明るい色彩に彩色されるものには、犬山市虫鹿神社の蕃塀の事例がある。彩色は他の社殿と合わせたもので、神社として統一感のある色合いとなっているが、蕃塀単独でみるとやや派手な印象があると私には感じられる。
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by banbeimania | 2009-05-09 23:13 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

西春日井郡春日町下之郷八幡社の蕃塀

 今日からは、西春日井郡春日町に所在する蕃塀を紹介したい。

 西春日井郡春日町大字下之郷字富士塚に所在する下之郷八幡社は、創建年代などの由緒は不明である。境内にある由緒書によれば、天文17年(1548)の八幡社奉建の棟札が存在するという。寛文10年(1670)と明治11年(1878)に社殿を移築し現在に至る。祭神は応神天皇である。

 下之郷八幡社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.4m、全高約2.8m、屋根長約4.3m、屋根巾約0.8mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。上面に玉石を散りばめたコンクリート製基壇を持ち、その上に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その表面には角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面には、左側の羽目板で「昭和十一年八月建之」、中央の羽目板で「奉納 (地名+人名3名分)」の文字が刻まれていた。欄間部は上端部が透かしとなるように羽目板が設置され、その表面には2羽の鳥紋が彫刻されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を15本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された緩い反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端には鬼板が置かれていた。棟木石の表面には丸に橘紋が2個表現されていた。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。

 下之郷八幡社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 下之郷八幡社の蕃塀は、昭和11年(1936)に製作されたものだが、作者は不明である。紋様は欄間部の鳥紋と棟木石の家紋のみでシンプルなものとなっている。しかし、屋根石は軒先に段差を設けるなど、造作に細かい点も認められる。
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by banbeimania | 2009-05-05 23:05 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市池之内八幡神社の蕃塀

 小牧市大字池之内字雨作に所在する八幡神社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は応神天皇と推測される。

 池之内八幡神社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.1m、屋根長約3.4m、屋根巾約1.3mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。周囲が切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎と土台木を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に雲形肘木と簡略化された雲形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上は空白のまま、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られていた。

 池之内八幡神社は、正面から鳥居、灯籠、階段を登り蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、階段を登り狛犬、灯籠から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 池之内八幡神社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は連子窓部の上位に羽目板を嵌め込まないものであった。銅板屋根の造作は、屋根板が薄く直線屋根であることから、簡素に見える。
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by banbeimania | 2009-03-26 22:45 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市大久佐八幡宮の蕃塀

 小牧市大字大草字東上に所在する大久佐八幡宮は、創建年代などの由緒は不詳である。貞観13年(871)に神輿遊幸や流鏑馬が行われたと伝えられる古社であるが、一時途絶え、慶長年間(1596~1614)に現在地に移転したという。昭和61年(1986)に拝殿などが大規模に修繕された。祭神は大鷦鷯命・誉田別命・息長足姫命である。

 大久佐八幡宮の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約4.3m、全高約2.6m、屋根長約5.1m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に角を丸くした方形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれていた。蕃塀の中央には、茶色に塗布された金属製の竪連子窓が設けられており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られていた。土台木や長押の木口面に銅製の錺金具が設置されていた。

 大久佐八幡宮は、正面から灯籠、神門、一の鳥居、灯籠、二の鳥居、三の鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けのコンクリート造妻入拝殿、狛犬、灯籠、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 大久佐八幡宮の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は小牧市内にある木造蕃塀の中でも長大なものであった。銅板屋根が鮮やかな緑銅色を呈しており、これは拝殿や本殿などの銅板屋根の社殿とよく類似している。拝殿が昭和61年(1986)に修繕されていることと考えあわせると、本蕃塀は昭和61年(1986)に新築もしくは修繕されたものと推測される。
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by banbeimania | 2009-03-25 23:09 | 蕃塀の事例 | Comments(0)