蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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蕃塀30選(No26)船橋熊野神社の蕃塀

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 稲沢市船橋町市場949番地に所在する船橋熊野神社の蕃塀は、1間巾の石造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 船橋熊野神社は、矢合観音の北東約700mに位置する。西尾張中央道の稲沢「市役所前」の交差点を南下して最初に出会う信号のある交差点を右折し西に向かって進み、約100m進むと右手に船橋熊野神社の鳥居が姿を現す。蕃塀は鳥居をくぐり北に向かって約100m歩むと拝殿の前に存在する。
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 数多く石造連子窓型蕃塀を製作した名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎の作品の中で、船橋熊野神社の蕃塀は最古(1920年作成)の作例である。角田六三郎の蕃塀といえば、欄間部に双龍紋など、羽目板部に獅子紋などの眼に力の籠った彫刻群を思い浮かべるが、この事例では、そういった作風ではなく飛翔する鳥と波涛紋や亀甲紋が表現されていた。欄間部を持たないタイプは海部郡などを中心にいくつかあるが、連子窓部が規則正しく竪連子を並べずに紋様を持つ石板が配置される事例は本作品のみである。この結果、見た目の印象は独特な雰囲気を持っており、希有な蕃塀となっている。

 蕃塀を語る上では欠くことのできない石工角田六三郎が、その定型化した蕃塀群を作りあげていく以前の事例として極めて貴重である。
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by banbeimania | 2010-03-28 20:32 | 蕃塀30選 | Comments(2)

小牧市岩崎熊野社の蕃塀

 小牧市大字岩崎字独山に所在する熊野社は、創建年代などの由緒は不詳である。全山巨岩で構成された独山にあり、古代より磐座として信仰を集めた。山腹に県指定天然記念物五枚岩がある。祭神は伊邪那岐尊と伊邪那美尊である。

 岩崎熊野社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.3m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で囲まれた玉石敷きコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面には特に装飾は見られないが、左側の区画で「昭和十五年十二月十九日建之 発起人 (地名+人名1名分)」、中央の区画で「皇紀二千六百年 初老記念 (人名9名分)」、右側の区画で「世話人 (人名3名分)」、の文字が刻まれていた。右側の円柱裏面には、あまりはっきりとはしないが。「岩倉 石工 古賀金松」と記されているように見えた。欄間部は、「熊野社」と記された扁額を持ち、その両側には松紋?の透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 岩崎熊野社は、正面から神門、灯籠、一の鳥居、二の鳥居、階段を登り神門、蕃塀、百度石、階段を登り壁の無い吹き抜けの平入拝殿、狛犬、灯籠から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 岩崎熊野社の蕃塀は、昭和15年(1940)に岩倉市の石工古賀?金松によって製作されたものである。この古賀?金松については特定できていない。本蕃塀は欄間部に透かしが施された石板が嵌め込まれており、このような作り方はいくつか類例は存在する。
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by banbeimania | 2009-03-11 21:28 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市江森熊野社の蕃塀

 江南市江森町宮浦イに所在する熊野社は、延長6年(928)8月14日に創建されたと伝えられる。明治42年(1964)に八王寺社と住吉社が合祀された。祭神は伊邪那美神・事解之男神・速玉之男神である。

 江森熊野社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.8m、屋根長約4.0m、屋根巾約1.7mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石の上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化した雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木を渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には一枚板(横羽目板)、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。垂木の先端と出桁には錺金具が施されていた。控え柱は石製、控え貫は木製で造られている。表面は焦げ茶色に塗布されているようである。

 江森熊野社は、正面から神門、鳥居、灯籠、太鼓橋、灯籠、百度石、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、渡殿、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 江森熊野社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。かなり以前に、木造連子窓型蕃塀を肘木と腕木の装飾の組み合わせで9つの類型に分けたが(参照)、本蕃塀は肘木が曲面を、腕木が二段曲面を成すもの(Cタイプ)に属する。類例に北名古屋市牟都志神社・犬山市塔野地東屋敷熊野社などがある。
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by banbeimania | 2009-01-12 09:44 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市神野熊野社の蕃塀

 岩倉市神野町又市に所在する熊野社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は熊野権現と思われる。

 神野熊野社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.2m、屋根長約2.6m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれ黒色の玉石を散らしたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画に獅子紋が彫刻されていた。羽目板裏面はその全体で人名144名分の氏名が刻まれている。また、円柱正面には「奉納」、右側の円柱側面には「昭和五十七年十二月建之」、右側後方の控え柱裏面には「石匠 岡崎市門前町 ??了(株)小林秋三郎商店」と記されていた。欄間部は中央に「熊野社」と浮き彫りされた扁額を持ち、その両側に頭部が両端に配置される双龍紋が施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、棟木石は外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 神野熊野社は、正面から神門、灯籠、鳥居、長い参道を経て県道を跨いで蕃塀、灯籠、狛犬から壁の無い吹き抜けの妻入拝殿と合体した基壇上の本殿施設群に至る構成を持つ。

 神野熊野社の蕃塀は、昭和57年(1982)に岡崎市の石工小林秋三郎商店によって製作されたものである。小林秋三郎商店は大正7年(1918)に創業した石材店で、現在は(協)岡崎石製品工場公園団地に属している。これまで紹介してきた小林秋三郎作の蕃塀には、漆部神社の蕃塀(1965)がある。両蕃塀は、獅子紋が斜めに倒立した形で浮き彫りされ、躍動的に表現されていた。
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by banbeimania | 2008-12-27 09:37 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

海部郡七宝町鯰橋熊野社の蕃塀

 海部郡七宝町大字鯰橋1丁目に所在する熊野社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は伊弉册尊であろうか。

 鯰橋熊野社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.5m、全高約2.2m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分け、表面には全ての区画で角を丸く加工した方形枠が施されている。左側の羽目板裏面には「長寿記念 (人名1名分)」、右側の羽目板裏面には「昭和十三年 四月吉日 建之」の文字が刻まれていた。欄間部は、中央に「熊野社」と記された扁額を置き、その両側には頭部を中位に置く双龍紋が表現されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は円柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、棟木石は外側に突き出ていない。

 鯰橋熊野社は、正面から狛犬、鳥居、蕃塀、灯籠群、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、渡殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(本殿や祭文殿など)に至る構成を持つ。

 鯰橋熊野社の蕃塀は、昭和13年(1938)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は、双龍紋の表現が穏やかで、龍の頭部を左右両区画の中央付近に配置するもので、あまり類例がないタイプであった。
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by banbeimania | 2008-09-19 00:58 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

一宮市丹陽町森本十二所社の蕃塀

 一宮市丹陽町森本字中屋敷に所在する十二所社は、延慶3年(1310)に紀伊国熊野神社の御分霊を勧請し創建された、と境内にある由緒書に記されていた。昭和10年に本殿等が改築されたが、昭和53年に土地区画整理事業に伴い現地に移転した。由緒からみて、祭神は伊弉冊命・速玉男命・事解男命と推測される。

 丹陽森本十二所社の蕃塀は、1間巾のコンクリート造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.4m、全高約2.1m、屋根長約3.1m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持たない。

 本蕃塀は、基本的に石造連子窓型蕃塀の構造を模倣した形状で、全ての部分が一体化した状態として造られている。その元となる石造連子窓型蕃塀の推測される詳細の構造は次の通りである。やや低いコンクリート製基壇に直接円柱を2本立てて屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部と欄間部はともに束柱を立てず2区画に分け、その表裏両面には隅を丸く加工した方形枠が施されている。円柱柱頭に腕木板がなく、連子窓部は角柱を17本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。表面は全体的に白色に塗布されていた。

 丹陽森本十二所社は、正面から鳥居、灯籠2対、蕃塀、灯籠、狛犬、基壇上の本殿施設群(狛犬、祭文殿や本殿など)に至る構成を持つが、拝殿は存在しなかった。蕃塀と本殿施設群との間はやや狭いが、本殿施設群の規模からみて元々拝殿が存在していた可能性も考慮される。

 丹陽森本十二所社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。コンクリート造の蕃塀には、これまでに春日井市松新町八幡社、名古屋市中区伊勢山神明社、武豊町富貴宮前八幡社、犬山市五郎丸神明社、犬山市前原虫鹿神社、一宮市島村若栗神社、愛西市宇太志神社の各蕃塀を紹介してきたが、石造連子窓型蕃塀を忠実に模倣したものとしては、本蕃塀の他に愛西市宇太志神社(1970)と一宮市島村若栗神社(1923)がある。
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by banbeimania | 2008-05-19 21:05 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

稲沢市船橋町熊野神社の蕃塀

 稲沢市船橋町市場に所在する熊野神社については、創建年代など詳細は不明である。『寛文村々覚書』や『尾張徇行記』には熊野神社の記述は認められない。祭神は社名からみて応神天皇と推察される。

 船橋熊野神社の蕃塀は、1間巾?の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.3m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。(2007年10月25日時点では私の調査上の不手際で大きさは測定できていなかった。その後改めて参拝し測定し2009年6月13日加筆修正した。)

 詳細の構造は次の通り。基礎は土砂に埋もれて詳細の構造は不明であるが、コンクリート製基壇上に直接円柱を2本立てて屋根を載せているようにみえた。円柱の内側には下から貫、羽目板部、貫、連子窓部、貫の順に材を積み重ねていて、透かし部を持たない。羽目板部は5枚の石製縦羽目板が挟み込まれ、表面は羽目板全体に飛翔する5羽の鳥に波涛紋が彫刻されていた。中央の羽目板裏面には「大正九年一月  寄附者 (人名2名分)」右端の羽目板裏面には「石工 ナゴヤ西区八坂町 角田六三郎」と刻まれていた。連子窓部は、4本の角柱と3枚の幅広い石板を交互に立てて造られていて、これまでには見られない珍しい形状である。石板には亀甲紋に「大」字紋が描かれている。円柱上位に雲形腕木を模した張り出しが前後にあり、屋根は切妻状に切り出された反りを持つ屋根で、大棟の両端には鬼板が配置されていた。

 船橋熊野神社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿)に至る構成を持つ。

 船橋熊野神社の蕃塀は、大正9年(1920)1月に名古屋市西区八坂町の石工角田六三郎によって製作されたものである。石工角田六三郎には多くの蕃塀の作品があるが、本蕃塀は形状が極めて特異であった。
 過去(本ブログ2007年8月1日条「愛西市の蕃塀(その2)」)に、愛西市には通常の石造連子窓型蕃塀と異なる蕃塀が数例あり、これを4つのタイプに整理したことがある。船橋熊野神社の蕃塀は、その中でも、透かし部が簡略化され連子窓の角支柱を平行に置き切妻屋根となる「A葛木八龍社タイプ」に比較的近い形態である。ただし、A葛木八龍社タイプと大きく異なる点は、幅広い石板を用いる連子窓の形であり、その意味では新たにカテゴリーを増やした方が良いかも知れない。
 透かし部の双龍紋が美しいのが特徴であった角田六三郎作の蕃塀に比べれば、この事例は奇異な感じがする。ただし、本蕃塀は大正9年1月に製作されており、今のところ角田六三郎の蕃塀の中で最も古い作品といえる。双龍紋の透かし部を持つ定型化した蕃塀が成立する以前の角田六三郎作品と評価すれば、船橋熊野神社の蕃塀は、石造連子窓型蕃塀が定型化する前の揺籃期の様相を示す事例として、その資料的価値は高いと思われる。
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by banbeimania | 2007-10-25 22:58 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

丹羽郡扶桑町高木高熊神社の蕃塀

 丹羽郡扶桑町大字高木字福に所在する高熊神社は、明治43年(1910)に高木に所在した熊野社と桜木にあった白山社と吉山に鎮座した八王子社の3社が合祀されて改称した神社である。熊野社の創立年代は不明であるが、文明年間(1469〜1486)以前には存在していた。祭神は伊弉册命・速玉乃男命・事解乃男命・伊弉諾命・大国主命・菊理姫命・正哉吾勝勝速日天忍穂耳命・天穂日命・天津日子根命・活津日子根命・田心姫命・熊野樟日命・湍津姫命・市杵島姫命である。

 高木高熊神社の蕃塀は、3間巾の木造桟瓦葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.2m、全高約2.5m、屋根長約4.1m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる布基礎を設置し、その上に土台木を設置し角柱4本を立てている。角柱には下から順に腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。角柱に雲形肘木と腕木を配置し表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せている。屋根は切妻造りで桟瓦葺きされ、反りの無い直線屋根となっている。降棟などを持たず比較的単純な屋根瓦構造であるが、大棟の両端には鬼瓦を配置し上位に鯱瓦を置く。蕃塀の中央には連子窓、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木材で造られているが、その上さらに金属棒による支えが両面に設置されている。

 高木高熊神社は正面から灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、狛犬、灯籠の順に構成され、さらにその奥の基壇上には狛犬と本殿施設群が存在する。壁の無い拝殿は通常妻の部分を正面に向けているが、本神社では屋根面を正面に向けている。

 高木高熊神社の蕃塀は3間巾であるが、規模はやや小さい。蕃塀本体の材は痛みが進んでいて、補強材を必要とする状態である。それに比べ土台木と屋根がしっかりとした構造になっていることから見て、比較的最近に基礎にコンクリートと土台木を新たに作り替えて屋根も新しくしたと推測される。したがって、蕃塀本体はそれなりに古いものであると考えられよう。なお、蕃塀とは全く関係ないが、百度石の大きさにはちょっと驚くものがある。
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by banbeimania | 2007-06-22 21:48 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

北名古屋市熊之庄熊野社の蕃塀

 北名古屋市熊之庄字大畔に所在する熊野社は上之切の社で、創建年代は不明である。『師勝町史』によれば、慶長20年(1615)の棟札「奉建立熊野御本地(梵字)御宝殿一宇武運長久所」が最も古い記録であり、それ以前の創建と思われる。伊弉册尊を祭神としている。

 熊之庄熊野社の蕃塀は3間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約3.8m、全高約3.1m、屋根長約5.2m、屋根巾約2.0mで、両側には控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる土台に角材柱を4本立て、下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に簡略化した雲形肘木と腕木を配置し表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、僅かに反る照り屋根となっている。大棟の両端は外側に突き出て鬼板を配置している。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、その上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木製で、コンクリートによる土台にボルトで固定されている。蕃塀そのものは古い可能性があるが、その場合は基礎のみを作り替えた可能性も考えられる。

 熊之庄熊野社は、正面から石柱、灯籠、一之鳥居、二之鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群に至る構成となっている。参道が比較的長くやや施設が多い神社である。

 熊之庄熊野社の蕃塀は3間巾でやや長いものである。『師勝町史』によれば、施設の紹介で「不浄よけ一」という記述があり、これが蕃塀を示していると思われる。また、棟札の紹介で25番目に紹介されている「透垣」が蕃塀のことを示しているとすれば、「昭和四年 河村千万太郎」と記述されていることから、蕃塀は昭和4年(1929)に建立されたと推測される。
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by banbeimania | 2007-04-18 00:28 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

犬山市東古券熊野神社の蕃塀

 犬山市大字犬山字東古券に所在する熊野神社は、創建年代は不詳だが、寛文8年(1668)再建されたという。伊那那岐神、速玉男之神を祭神にしている。神社が存在する地点は、江戸時代の犬山城下町の一部にあたり、神社の存在から「熊野町」と呼ばれていた。かつて神社境内には熊野山先聖寺があったと伝えられる。

 東古券熊野神社の蕃塀は2間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約2.5m、全高約2.3m、屋根長約3.4m、屋根巾約1.3mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。比較的平らな自然石を一列に並べて礎石とし、その上に角材による土台木を置き、角材柱3本を立てている。柱には2本の貫を通して上端は棟木を渡す。角材柱に板材を腕木として配置し表裏両面の桁を支え、直接屋根の葺板を載せている。屋根は切妻造りの桟瓦葺きでほぼ直線屋根となり、大棟の両端には鬼瓦が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上は透かしの状態となり横、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は存在しないが、両端の柱の背後にコンクリート棒による支えが設置され、ボルトで固定されている。

 東古券熊野神社は、正面から狛犬、鳥居、百度石、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿、灯籠があり、基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。蕃塀は他の建造物と比べ簡素に造られており、両者は製作時期が異なるかもしれない。犬山市寺下神明社と同様に、基礎に円礫に近い自然石を並べた構造を持つ事例である。製作年代は不明。
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by banbeimania | 2007-03-28 20:42 | 蕃塀の事例 | Comments(0)