蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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タグ:白山社 ( 38 ) タグの人気記事

名古屋市中川区東起白山社の蕃塀

 名古屋市中川区東起町4丁目に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不詳である。境内は前田三郎四郎和春が荒子城に続いて築いた東起城跡の一部あるという。社名からみて、祭神は菊理姫命と推測される。

 東起白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.4m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず、幅が広くなったコンクリート敷参道に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、両側の区画表面には獅子紋、中央の区画表面には牡丹紋が表現されていた。中央の羽目板裏面には、「昭和四十八年五月 寄附人 (人名2名分) 岡崎 東海石材 株式会社 製作」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に「白山社」と記された扁額を置き、その両側にはほぼ左右対称な双龍紋が彫刻されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。

 東起白山社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、コンクリート造拝殿、狛犬、コンクリート造渡殿から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 東起白山社の蕃塀は、昭和48年(1973)に岡崎市の東海石材株式会社によって製作されたものである。東海石材は岡崎市花崗町に所在し、岡崎の高級石材で知られる「牛石青石」採掘150年の歴史を伝え、創業以来70余年を数えるという。本蕃塀は比較的新しい作品で彫刻が美しい。控え柱の控え貫が長くなっており、総体的に控え柱が立派な状態となっている。
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by banbeimania | 2009-04-21 22:04 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市後飛保白山社の蕃塀

 江南市後飛保町本郷に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には後飛保村に白山・神明があると記され、このうちの白山が本社に該当し、後に神明は白山社に合祀された。社名からみて、祭神は菊理姫命・伊邪那岐神・天照大神・大穴持神である。

 後飛保白山社の蕃塀は、3間巾の木造桧皮葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.0m、全高約2.7m、屋根長約4.8m、屋根巾約1.8mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲が囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支えまばらに垂木を渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、桧皮葺きの表面に銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、竪連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その上さらに金属製支え棒が前後に設置されていた。

 後飛保白山社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 後飛保白山社の蕃塀は、作者と製作年代は不明である。木造桧皮葺き連子窓型蕃塀はこれまでに12例存在し、本蕃塀のように表面を銅板で覆うものには、名古屋市中区正木八幡社の蕃塀、名古屋市西区平田十所社の蕃塀、春日井市伊多波刀神社の蕃塀、春日井市二子白山神社の蕃塀、一宮市花池大神神社の蕃塀、一宮市西五城神明社の蕃塀、清須市西枇杷島宮前神明社の蕃塀、江南市高屋神社の蕃塀がある。
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by banbeimania | 2009-02-21 21:53 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市前飛保白山社の蕃塀

 江南市前飛保町西町に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には前飛保村に白山・神明があると記され、このうちの白山が本社に該当し、後に神明は白山社に合祀された。社名からみて、祭神は菊理姫命と思われる。

 前飛保白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.4m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と石製布基礎を置き、礎石の上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が表現されていた。裏面も全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられ、このうち右側の羽目板裏面には「大正十二年十月吉日 寄附者 (丸にハ) (人名2名分) 世話人 (人名1名分) 取持 村中 石工 コチノ 亀山銀蔵」の文字が記されていた。欄間部は円柱による束柱を中央に1本立て、その両側には角を丸く加工した方形透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端はわずかに外側に突き出ている。

 前飛保白山社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、百度石、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 前飛保白山社の蕃塀は、大正12年(1923)に江南市古知野の石工亀山銀蔵(=銀造?)によって製作されたものである。石工亀山銀造による蕃塀には、一宮市西海戸愛宕社の蕃塀(1925)と江南市赤童子白山社の蕃塀(1926)および島宮八劔社の蕃塀(1932)があり、本蕃塀はこれらよりも古いものであった。1920年代の亀山銀造による蕃塀は、欄間部と羽目板部の装飾は角を丸く加工した方形透かしまたは枠のみであり、シンプルといえよう。
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by banbeimania | 2009-02-20 21:43 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市赤童子白山社の蕃塀

 江南市赤童子町白山に所在する白山社は、寛文4年(1664)に白山比咩神社・熊野三所大権現・当国一宮二宮熱田大明神を勧請し創建された。祭神は菊理姫命・日本武尊・乎止与命である。

 赤童子白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.5m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.8mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。基礎構造は土砂に埋もれてしまっている可能性もある。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面と裏面ともに全ての区画で角を丸く加工した方形枠が表現されていた。右側の羽目板裏面には「大正十五年十月建之 願主(人名2名分)」、右側の主柱裏面には「こちの 石工亀山」の文字が記されていた。欄間部は円柱による束柱を置き、その両側は角を丸く加工した方形透かしが設けられていた。円柱の柱頭に腕木板は前後と外側にあり、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、屋根面は段差を持っている。上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ている。

 赤童子白山社は、正面から灯籠、鳥居、百度石、灯籠群、蕃塀、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 赤童子白山社の蕃塀は、大正15年(1926)に江南市古知野の石工亀山銀造によって製作されたものである。古知野の石工亀山銀造による蕃塀には、西海戸愛宕社の蕃塀(1925)がある。本蕃塀は屋根面に段差がある点が特徴であり、西海戸愛宕社の蕃塀も同様である。これまで紹介してきた蕃塀の中でこのようなタイプのものは、一宮市瀬部八剱社例(1925)、一宮市北神明町神明社例(1925)、北名古屋市西之保喰守社例(1926)、一宮市時之島日吉社例(1927)、稲沢市三丸渕寺東神明社例(1927)、海部郡美和町中橋神明社例(1927)、一宮市春明春日社例(1918)、一宮市小塞神社例(1927年)、一宮市大日比野神社(1928)、一宮市千秋加茂白山社例(1929)、一宮市丹陽森本六所社例(1930)、丹羽郡大口町秋田八王子社例(1930)、一宮市高田波蘇伎神社例(1933)、一宮市削栗神社例(1935)などがある。このように概観すると、屋根面に段差を持つ蕃塀は一宮市を中心に1925〜1935年に製作されたものが多いといえる。
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by banbeimania | 2009-02-11 08:25 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市尾崎白山社の蕃塀

 江南市尾崎町白山に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には尾崎村に白山一社があると記され、これが本社に相当する。社名などからみて、祭神は菊理姫命と思われる。

 尾崎白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.4m、全高約2.2m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。全ての羽目板を通じて裏面には「寄附者 (地名+人名11名分) ビワジマ町 石工荒木弥助」、腰貫の裏面には「大正九年一月」の文字が記されていた。欄間部は中央に「白山社」と刻まれた扁額を置き、その両側では単龍紋の彫刻が存在していた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、棟木石はわずかに外側に突き出ている。

 尾崎白山社は、正面から鳥居、灯籠、百度石、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 尾崎白山社の蕃塀は、大正9年(1920)に名古屋市西区東枇杷島の石工荒木弥助によって製作されたものである。これまでに確認された石工荒木弥助の手による石造蕃塀には、一宮市丹陽外崎八幡社の蕃塀(1918)、稲沢市治郎丸天神社の蕃塀(1922)、名古屋市北区大井神社の蕃塀(1928)、江南市宮後井出神社の蕃塀(1930)、北名古屋市九ノ坪十所社の蕃塀(1931)、海部郡甚目寺町方領八幡社の蕃塀(1935)、稲沢市儀長貴船社の蕃塀(1936)、海部郡七宝町下之森八幡社の蕃塀(1936)、稲沢市七ツ寺十五所社の蕃塀(1937)、清須市朝日厳島神社の蕃塀(1937)、清須市朝日愛宕社の蕃塀(1938)および西春日井郡豊山町豊場八所神社の蕃塀(1938)の12事例があり、本蕃塀は荒木弥助の作品としては2番目に古いものである。また、東枇杷島町の荒木石材店の作品には海部郡大治町花常八幡社の蕃塀(1955)がある。

 加えて、欄間部に単龍紋が表現される事例はあまり数が多くないのであるが、尾崎白山社の蕃塀のように単龍紋の中央に扁額を配置させるものは珍しいと評価できる。
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by banbeimania | 2009-02-07 08:19 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市飛高白山社の蕃塀

 江南市飛高町宮町に所在する白山社は、『尾張徇行記』によれば寛永15年(1638)に創建されたという。昭和55年(1980)に社殿が改築された。祭神は菊理媛神である。

 飛高白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.5m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は左側の区画で獅子紋、中央の区画で亀甲に唐花紋?、右側の区画で牡丹紋が表現されていた。中央の羽目板裏面には「昭和五十三年九月 知命記念 當所(人名1名分)」の文字が記されていた。欄間部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、全ての区画で角を丸く加工した方形透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石は外側に突き出ていない。控え柱は全て石製で、その頭部は宝珠に造られていた。

 飛高白山社は、正面から神門、灯籠、鳥居、百度石、太鼓橋、灯籠、百度石、蕃塀、灯籠、狛犬、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 飛高白山社の蕃塀は、昭和53年(1978)に製作されたものだが、作者は不明である。社殿の改築に伴い、本蕃塀も造営されたものと考えられる。羽目板部の紋様構成は、江南市前野天満社の蕃塀と良く似ていると感じられる。
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by banbeimania | 2009-01-31 22:46 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

江南市中般若白山社の蕃塀

 江南市中般若町西に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。『寛文村々覚書』には中般若村に権現一社があると記され、これが本社に相当する。社名などからみて、祭神は菊理姫命と思われる。

 中般若白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.2m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲を囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は全ての区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。左側の羽目板裏面には「寄附者 (地名+人名3名分)」、中央の羽目板裏面には「昭和二十七年十月建之 村中安全 取持氏子中」、右側の羽目板裏面には「寄附者 (地名+人名5名分)」の文字が記されていた。欄間部は中央に「白山社」と刻まれた扁額を置き、その両側では双龍紋のレリーフが表現されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石はわずかに外側に突き出ている。控え柱は全て石製で、その頭部は特に装飾が認められない。

 中般若白山社は、正面から神門、灯籠、鳥居、百度石、蕃塀、灯籠2対、狛犬、壁の無い吹き抜けの平入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 中般若白山社の蕃塀は、昭和27年(1952)に製作されたものだが、作者は不明である。欄間部の装飾は全く透かしを持たないやや平板な造りとなっているが、一部に彩色が残っており、本来はもう少し派手な印象を持つものと思われる。
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by banbeimania | 2009-01-25 23:30 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市東区矢田白山社の蕃塀類似施設

 今回は蕃塀の事例ではないが、蕃塀に類似した施設の事例を紹介する。

 名古屋市東区矢田町に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不明である。天保8年(1837)の暴風により倒壊した祠を再建した木札が発見されている。社名からみて、祭神は菊理媛命と推測される。

 矢田白山社の蕃塀類似施設は、改修工事記念碑として立てられた衝立状の塀である。この塀はコンクリート造と思われる。大きさは概略で、本体長約2.0m、全高約1.9m、屋根長約2.2m、屋根巾約0.5mで、両側に控え柱は持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート製基壇上に角柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。角柱の内側には下から連子窓部、腰貫、欄間部?の順に材を積み重ねている。蕃塀でいう羽目板部は存在しない。連子窓部は中央に家紋が施された石板が置かれ、その両側に角柱を3本平行に立てて竪連子に造られている。欄間部には黒色の石板が据えられ、両面に多量の文字が刻まれている。社殿側の面の先頭には「天皇即位記念 白山神社 六所神社 改修工事」としるされていた。角柱柱頭に腕木板はなく、屋根は寄せ棟状に切り出された直線屋根で、棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 矢田白山社は、正面から狛犬、鳥居、灯籠、参道の左側の境内境界部分に問題の蕃塀類似施設、参道を斜めに折れて灯籠、鳥居、狛犬、妻入拝殿から本殿施設群に至る構成を持つ。蕃塀類似施設は、おおよそ拝殿の正面に位置するが、正しく正面ではなく、境内の縁に近づけて建立されており、参道の途上に蕃塀が存在するわけではない。

 矢田白山社の蕃塀類似施設は、状況から見て明らかに改修工事記念碑であるが、問題はその形状であろう。これは、見た目の印象から、屋根を持つ石造連子窓型蕃塀を模倣した形態と評価できよう。私はこれまで2000社以上の多くの愛知県内の神社を参拝してきたが、このような事例は矢田白山社が初例である。平成3年(1991)に建立されたこの施設は、「不浄除け」として機能していた蕃塀の意義が時代とともに変化し、掲示用の施設として「石造連子窓型蕃塀という形」を利用したものと理解できるかもしれない。
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by banbeimania | 2009-01-09 22:47 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

岩倉市川井白山社の蕃塀

 岩倉市川井町井上に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は菊理媛命と推測される。

 川井白山社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.1m、全高約2.1m、屋根長約2.4m、屋根巾約0.5mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート敷きの参道に直接礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、表面は両区画で角を丸く加工した方形枠が設けられていた。左側の羽目板裏面には「寄附者 当村 (人名4名分) 発起人在郷軍人青年会 大正八年建之」の文字が刻まれていた。欄間部は石材を全く置かず、結果として大きな長方形の透かしが開いた状態となっている。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を7本立てて竪連子に造られている。屋根は切妻状に切り出された緩い反り屋根で、棟木石は外側に突き出ていない。控え柱は無いが、主柱の前後に石製角材が斜めに支えとしてボルトにより固定されていた。

 川井白山社は、正面から灯籠、鳥居、参道を直角に折れて、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 川井白山社の蕃塀は、大正8年(1919)に製作されたが、作者は不明である。本例のように、欄間部に石材を全く置かないタイプは非常に少なく、一宮市千秋佐野厳島神社の蕃塀の事例が知られるに過ぎない。
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by banbeimania | 2008-12-21 18:08 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

海部郡美和町篠田白山社の蕃塀

 海部郡美和町大字篠田字上大門に所在する白山社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は菊理媛命と推測される。

 篠田白山社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.5m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石で周囲が囲まれたコンクリート製基壇に礎石と布基礎を置き、円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分け、全ての区画の表面には獅子紋が彫刻されている。中央の羽目板裏面には「昭和十年十月 (人名2名分) 石工 日光庭石店 杉□吉□□」と刻まれている。最後の部分は「杉村吉柳里」と読めるかもしれない。欄間部は、中央に扁額を持たない双龍紋が描かれ、その頭部は両端に配置されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は角柱を10本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、棟木石は両側にわずかに突き出ている。控え柱は全て石造でその頭部は宝珠形となっている。

 篠田白山社は、正面から一の鳥居、灯籠、二の鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、渡殿から基壇上の本殿施設群(本殿や祭文殿など)に至る構成を持つ。

 篠田白山社の蕃塀は、昭和10年(1935)に石工日光庭石店によって製作されたものである。日光庭石店の詳細については現在のところ不明である。獅子紋の雰囲気が名古屋市西区の角田六三郎の作品に似ており、何らかの関係があるのかも知れない。本蕃塀は、美和町乙之子貴船社の蕃塀と同様に、控え柱の頭部の宝珠がやや複雑な形状となっている。
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by banbeimania | 2008-08-21 00:26 | 蕃塀の事例 | Comments(0)