蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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名古屋市港区春田野神明社の蕃塀

 名古屋市港区春田野3丁目に所在する神明社は、寛永17年(1640)に鬼頭勘兵衞景義が伊勢神宮の御分霊を祀ったのが始まりである。昭和20年(1945)に空襲により焼失し、その後再建された社殿も伊勢湾台風などの影響を受け老朽化したため、平成元年に新築造営された。祭神は国常立命である。

 春田野神明社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約2.4m、屋根長約3.1m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石敷の参道に基壇を持たないで礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広い角柱による束柱を1本立て2区画に分けられており、表面は両区画に獅子紋が彫刻されていたが、裏面には特に何も刻まれていなかった。欄間部は、中央に「神明社」と刻まれた扁額を持ち、頭部を中央部に寄せる双龍紋が表現されていた。欄間部には透かしが全く存在しない。円柱の柱頭に腕木板は前後と外側にあり、連子窓部は円柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石の両端は外側にわずかに突き出ている。控え柱も全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 春田野神明社は、正面から灯籠、鳥居、灯籠群、蕃塀、狛犬、コンクリート製平入拝殿、狛犬から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 春田野神明社の蕃塀は製作年代や製作者は不明であるが、平成元年に社殿改築に伴い諸施設の一つとして建造されたものと推測される。欄間部や羽目板部にある彫刻は、均整がとれている反面、躍動感に乏しい作風となっている。
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by banbeimania | 2011-06-08 22:30 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区藤前神明社の蕃塀

 名古屋市港区藤前2丁目に所在する神明社は、創建年代は不明であるが、明治5年には村社となっている。昭和34年(1959)に伊勢湾台風により被災した。現在の社殿は昭和51年(1976)に改造され、この時に手水鉢などの諸施設も整備された。祭神は天照大神である。

 藤前神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.8m、全高約2.4m、屋根長約3.9m、屋根巾約0.7mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石敷の参道の途中に特別に基壇を持たず、アスファルト敷?の地面に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立ててその上に屋根石を載せる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられているが、表面は左右の区画に倒立する獅子紋が、中央の区画に牡丹紋が彫刻されていた。羽目板の裏面には、中央の区画に「建之藤前土地改良 昭和五十一年五月」の文字が刻まれていた。欄間部は、中央に「神明社」と刻まれた扁額を持ち、頭部を両端に置く双龍紋が表現されていた。円柱の柱頭に腕木板は前後にあり、連子窓部は円柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、棟木石の両端は外側に突き出ていない。控え柱も全て石製で、頭部は宝珠に造られていた。

 藤前神明社は、正面から狛犬、灯籠、鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠群、狛犬、コンクリート製平入拝殿、狛犬から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 藤前神明社の蕃塀は、昭和51年(1976)に製作されたものであるが、作者は不明である。社殿改築に伴い諸施設の一つとして建造されたものであり、境内の石碑には蕃塀のことを「不浄除」と記されていた。羽目板部の両獅子紋と牡丹紋の組合せは戦後の事例が多いことが判明しているが、これもその傾向を示す事例ということができる。
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by banbeimania | 2011-06-05 23:35 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区小碓神明社の蕃塀

 誰も待っていなかったかもしれませんが、長らくお待たせしました。久々に蕃塀マニアを再開したいと思います。

 最近は蕃塀の詳細な部分を検討している本ブログであるが、もともとは蕃塀の事例収集が基本であった。今回からしばらくは、昨年中に名古屋市港区の神社を全て参拝し終え、その際にこれまで紹介していない蕃塀がまだあるので、ここで紹介しておきたい。

 名古屋市港区小碓1丁目に所在する小碓神明社は、境内にある由緒書きによれば、寛文9年(1669)8月16日に鬼頭十郎右門を施主として村の氏神として勧請されたという。また、寛文年間(1789-1800)に作られた神楽があり、現在は26番から28番割観音堂に保存されているという。祭神は天照大神である。

 小碓神明社の蕃塀は、2間巾の木造衝立型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.8m、全高約2.1m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.3mを測り、両側に控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。低いコンクリート製の基壇に、円柱を3本立てて巾を2間とし、上部に屋根(笠木)を載せている。基壇と一体化した地貫を作り出しその上に腰板の貫を置き、下部は銅板で覆われている。笠木直下にも貫を渡しており、その間の塀本体は横羽目板が嵌め込まれている。羽目板は各間に節を多く持つ板目板材が9枚使用されていた。笠木(屋根)は断面がホームベース形の五角形となっていて、上面に銅板が葺かれている。

 小碓神明社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの木造妻入拝殿、渡殿から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 小碓神明社の蕃塀は、製作者や製作年代は不明である。これまでに木造衝立型蕃塀は12基の存在が確認されており、全て伊勢神宮と熱田神宮に伴うものであると考えてきた。したがって、この小碓神明社の蕃塀の事例は伊勢神宮と熱田神宮に直接関わらないものであり、木造衝立型蕃塀の存在そのものが特異であるという評価は言い過ぎなのかもしれない。ただ、伊勢神宮と熱田神宮の事例に比べ、規模が小さく使用された材も一級品とは言い難い点に、伊勢神宮と熱田神宮と同列に並べて論じることができない大きな相違があるといえよう。
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by banbeimania | 2011-05-31 23:06 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

蕃塀30選(No12)田代郷中神明社の蕃塀

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 江南市田代町郷中1679番地(旧大字小折字郷中)に所在する田代郷中神明社の蕃塀は、1間巾の石造×字型蕃塀である(詳細はこちら)。

 田代郷中神明社は、名鉄犬山線布袋駅の南南東約900mに位置する。県道157号線と県道172号線が交わる「小折」交差点を西に進み、すぐにある信号の無い大きな交差点をさらにまっすぐ(県道171号線)行くと、右手に松杜天神が存在する。松杜天神を通り過ぎてすぐ角にある狭い交差点を右折し北上すると、約70mで鳥居の向うに衝撃の蕃塀が見えてくるはずである。
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 田代郷中神明社の蕃塀は、角材を×字状に交差させて造られる唯一の石造×字型蕃塀である。1902年に製作されており、石造蕃塀としても最古の作品である。現状では衝立型蕃塀の変形と理解しているが、その独特の形が持っている意味が重要である。

 田代郷中神明社の蕃塀は、私が最も驚いた事例として、ぜひ蕃塀30選に選出しておきたいものである。
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by banbeimania | 2010-04-12 23:05 | 蕃塀30選 | Comments(0)

蕃塀30選(No16)曽野神明社の蕃塀

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 岩倉市曽野町宮前1番地に所在する曽野神明社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 曽野神明社は、岩倉市立南部中学校の西南西約300mに位置する。県道63号線(名古屋江南線:通称名草線)の「岩倉南小学校西」の交差点を東に進み、名鉄犬山線を越えて2番目の信号のある交差点「曽野町宮前」の南東角が曽野神明社である。「曽野町宮前」交差点を南下すると鳥居が見えてきて、曽野幼稚園や曽野公民館の西側に当たっている。
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 曽野神明社の蕃塀は、欄間部を持たずに連子窓の直ぐ上に屋根石が配置されるものであり、これまでに23例が確認されているが、その中で最古の事例である。羽目板部に紋様が彫刻されていない縦板を嵌め込むもので、木造連子窓型蕃塀の羽目板部を模したものと推定される。最近に屋根石が短く裁断されてしまったが、基本的な構造に変更は認められない。

 欄間部を持たない石造連子窓型蕃塀の最古のものとして、本蕃塀を選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-07 22:51 | 蕃塀30選 | Comments(1)

蕃塀30選(No18)上ノ島神明神社の蕃塀

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 岐阜県各務原市川島松倉町2232-1番地に所在する上ノ島神明神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀である(詳細はこちら)。

 上ノ島神明神社は、エーザイ川島工場の北側に位置する。川島中学校から岐阜県道114号線を北上し、小川を越えて最初の信号のある交差点を右折して北東に向かい約700m進むと、左手に上ノ島神明神社の灯籠と鳥居が見えてくる。
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 上ノ島神明神社の蕃塀は、これまで確認された石造連子窓型蕃塀の中で最も高さが高いものである。この蕃塀は基壇も異様に高いため、見た目の印象は他の事例を圧倒する威圧感があるといえる。欄間部や羽目板部の彫刻はそれほど特別なものではないが、屋根石の下部に垂木が表現されている点は他には認められない丁寧な造作である。

 本蕃塀は、他の社殿群と合わせて国登録有形文化財に指定されているもので、その価値が公に認められた数少ない事例である。蕃塀マニア的にも規模と特定部位の表現の繊細さにその価値を見出すことができることから、蕃塀30選に選出しておきたい。
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by banbeimania | 2010-04-05 22:48 | 蕃塀30選 | Comments(0)

名古屋市港区茶屋後神明社の蕃塀

 蕃塀の規模を検討中の本ブログであるが、最近名古屋市港区の神社を参拝した際にこれまで紹介していない蕃塀を発見したので、ここで紹介しておきたい。

 名古屋市港区新茶屋5丁目に所在する茶屋後神明社は、境内にある由緒書きによれば、延宝5年(1677)に茶屋長以が築堤成功に際し三十番神社を創建したのを嚆矢とし、明治初年に伊勢皇大神宮を氏神として崇敬したという。昭和46年(1971)に本殿が修理され、祭文殿・拝殿・渡殿などが造営された。祭神は天照大神である。

 茶屋後神明社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.6m、全高約2.3m、屋根長約3.6m、屋根巾約0.6mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接に切り石敷きの参道上に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その両区画の表面には獅子紋が彫刻されていたが、裏面は全く無紋であった。欄間部は扁額などを持たず、石製一枚板がはめ込まれ、表面のみに単龍紋が表現されていた。透かしは全く認められない。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を8本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に全く突き出ていない。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。右側背面の控え柱表面に「昭和四十六年十一月建之 氏子中 施工 岡崎石工団地協組」の文字が刻まれた石盤が嵌め込まれていた。

 茶屋後神明社は、正面から鳥居、灯籠、狛犬、蕃塀、灯籠群、狛犬、コンクリート製平入拝殿から連続して本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 茶屋後神明社の蕃塀は、昭和46年(1971)に岡崎石工団地協同組合によって製作されたものである。岡崎石工団地協同組合は、伝統ある岡崎石工業の近代化と企業体質の改善を図るため昭和39年に「石工団地」の造成し、岡崎石製品工業団地を結成したのが始まりという。本蕃塀は、欄間部に単龍紋を大きく表現した一枚板が嵌め込まれている点が印象的なものである。
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by banbeimania | 2009-06-15 20:54 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区正徳5丁目神明社の蕃塀

 名古屋市港区正徳5丁目に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不明である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。なお、この神社は愛知県神社庁のリストには存在しない神社である。

 正徳5丁目神明社の蕃塀は、1間巾の金属造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約1.8m、全高約1.9m、屋根長約2.1m、屋根巾約0.1mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接コンクリート敷き参道にコンクリート製基礎(礎石状)を据えて、木造衝立型蕃塀をモチーフとした金属製蕃塀が造られている。模倣されたモチーフで構造を説明すると、角柱を2本立てて上端に覆板(笠木)を載せて骨格が作られる。貫などを一切渡さない形に造り、壁面は一枚板を嵌め込まれているもので、上下に透かしを設けている。覆板(笠木)は断面形が長方形で直線的に伸び、両端は斜めに切断され逆台形状になっていた。金属の種類は特定できないが、銀色に発色し光沢を持っていて美しい。

 正徳5丁目神明社は、正面から蕃塀から本殿に至る単純な構成を持つ。

 正徳5丁目神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は全体が金属で製作されているものであり、こうした事例はこれが初めてである。蕃塀の規模は小規模であるものの、神社の規模が小さいために本殿などを完全に覆い隠すような状態となっている。
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by banbeimania | 2009-05-23 22:49 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区南陽上中神明社の蕃塀

 名古屋市港区南陽町西福田5丁目に所在する上中神明社は、境内にある由緒書きによれば、享和2年(1802)に創建されたという。現在の本殿は昭和43年(1968)に造営された。祭神は天照大神である。

 上中神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.0m、全高約2.0m、屋根長約2.5m、屋根巾約0.6mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石を周囲を巡らせた石製基壇を持ち、その上に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、その表面には両側の区画で獅子紋、中央の区画で牡丹紋が彫刻されていた。裏面には、中央の羽目板で「奉納 (地名+人名1名分) 氏子中」、左側束柱で「平成六年十二月吉日」の文字が刻まれていた。欄間部は「神明社」と記された扁額を持ち、頭部を両端に配置される双龍紋が表現されていたが、透かしは全く認められない。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された緩い反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていた。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。

 上中神明社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠2対、狛犬、コンクリート製妻入拝殿、渡殿から本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 上中神明社の蕃塀は、平成6年(1994)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は、主柱だけではなく束柱も立派な礎石を持つ構造となっており、こうした事例は新しい事例に多く認められるといえよう。
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by banbeimania | 2009-05-21 23:16 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

名古屋市港区東茶屋神明社の蕃塀

 岐阜県各務原市川島の神社を未だ全踏破を達成していないので、今回からは名古屋市港区の事例を紹介する。

 名古屋市港区東茶屋1丁目に所在する神明社は、境内にある掲示によれば、寛文3年(1663)に茶屋新田が茶屋長意により干拓されて数年後に伊勢神宮より勧請して創建されたという。現在の本殿は昭和12年(1937)に造営された。祭神は天照大神である。

 東茶屋神明社の蕃塀は、3間巾のコンクリート造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.6m、全高約1.7m、屋根長約4.0m、屋根巾約0.3mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接参道に礎石とコンクリート製布基礎を据えて、木造衝立型蕃塀をモチーフとしたコンクリート製蕃塀が造られている。模倣されたモチーフで構造を説明すると、円柱を4本立てて上端に覆板(笠木)を載せて骨格が作られる。柱脚の盤(地貫)や柱頭の樋(頭貫)を渡さずに、柱間壁面は横羽目板を各間に4枚嵌め込まれているものである。左側区画の上から1枚目と2枚目の横羽目板裏面に、「奉納 當所 (人名3名分) 昭和三十八年三月」の文字が刻まれた灰色石板が貼付されている。覆板(笠木)は断面形がほとんど長方形に近い五角形の角材が用いられ、特に反ることもなく直線的に伸びていた。

 東茶屋神明社は、正面から一の鳥居(銅製)、灯籠2対、二の鳥居(石製)、灯籠、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 東茶屋神明社の蕃塀は、昭和38年(1963)に製作されたものだが、作者は不明である。衝立型蕃塀は、伊勢神宮と熱田神宮の木造の事例を除くと、これで14例目となり、コンクリート造衝立型蕃塀としては7事例目である。本蕃塀は表面が花崗岩のような雰囲気に造られていて、一見見分けが難しいが、一部で表面の材が剥がれ落ちた部分がありコンクリート製と判明する。
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by banbeimania | 2009-05-19 22:51 | 蕃塀の事例 | Comments(0)