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石造蕃塀の変遷(予察)
前回の最後に、石造蕃塀の流れを整理した下記の図を示したが、この説明を全くしておらず不親切きわまりない状態となってしまった。今回はこの図(すなわち石造蕃塀の流れ)について解説してみたい。
まず、石造連子窓型蕃塀は最古のものが明治44年(1911)に対し、木造連子窓型蕃塀は確実に江戸時代まで遡る。一方、石造衝立型蕃塀は最古のものが大正4年(1915)に対し、木造衝立型蕃塀はその初源は明治年間まで遡る。両者とも石造よりも木造の方が古く現れており、影響関係があるとすれば木造蕃塀を模倣して石造蕃塀ができたと解釈するのが自然である。 問題は江南市田代郷中神明社の石造×字型蕃塀が、石造連子窓型蕃塀と石造衝立型蕃塀の両方よりも古いことをどう理解するかである。木造蕃塀には×字型蕃塀は存在しないので、直接何かを模倣して石造×字型蕃塀ができたとは考えられない。そこで、屋根に着目すると、石造×字型蕃塀は屋根の形状が衝立型蕃塀に近い構造なので、木造衝立型蕃塀の影響を受けたものと考えられる。つまり、木造衝立型蕃塀を参考にして、1902年に×字型蕃塀という石造蕃塀が新たに発明されたと推測されるのである。 この1902年に開発された石造×字型蕃塀は他に広がっていくことは全くなかった。その代わりに、石造という特徴のみを引き継いで、まず既に尾張地域に数十基は存在した木造連子窓型蕃塀を模倣して、1911年に石造連子窓型蕃塀が登場した。次いで、木造衝立型蕃塀を模倣して、1915年に石造衝立型蕃塀が出現したと思われる。 木造衝立型蕃塀は伊勢神宮と熱田神宮にのみ見られる特殊な建造物であり、一方木造連子窓型蕃塀は尾張地域に広く普及した施設であった。このことが影響したのであろうか、石造蕃塀についても、衝立型蕃塀は数例の建設に留まっていて1934年を最後に製作されなくなっている。これに対し、石造連子窓型蕃塀は尾張地域に広く普及し、その数は400基に迫る勢いである。 以上が、これまでに明らかになった石造蕃塀の流れの骨子である。ゆくゆくはこれをさらに肉付けを行っていき、豊かな蕃塀の展開状況を明らかにしていきたいと目論んでいる。
by banbeimania
| 2009-07-15 23:12
| 蕃塀を深める
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