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蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
by banbeimania
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<   2009年 04月 ( 26 )   > この月の画像一覧

小牧市小牧原新田神明社の蕃塀

 小牧市大字小牧原新田に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。祭神は天照皇大神である。なお、この神社は愛知県神社庁のリストには存在しない神社である。

 小牧原新田神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約1.8m、屋根長約2.6m、屋根巾約0.4mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。周囲を切り石で囲まれた基壇に礎石を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表裏両面ともに角を丸く加工した方形枠が設けられていた。両側の円柱表面には「奉納」、左側の円柱裏面には「平成元年五月吉日」、右側の円柱裏面には「株式会社竹藤商店秦野兼三」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、石板が嵌め込まれていた。円柱の柱頭には腕木板はなく、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 小牧原新田神明社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿に至る構成を持つ。

 小牧原新田神明社の蕃塀は、平成元年(1989)に株式会社竹藤商店秦野兼三によって製作されたものと考えられる。株式会社竹藤商店は、現在小牧市大字小牧原新田に所在する造園資材卸売業を営む会社であり、創業は大正元年という。竹藤商店による蕃塀は本例が初例である。装飾が少なくシンプルな形状が特色といえる。
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by banbeimania | 2009-04-06 22:10 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市東田中八所社の蕃塀

 小牧市大字東田中字宮浦に所在する八所社は、小牧市史によれば慶長17年(1612)に創建されたという。祭神などの由緒は不詳である。

 東田中八所社の蕃塀は、3間巾の木造桟瓦葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.4m、屋根長約3.8m、屋根巾約1.5mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。周囲を切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に雲形肘木と簡略化された雲形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、桟瓦葺きされていた。大棟の両端には鬼瓦が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、基礎には土台木が据えられていた。

 東田中八所社は、正面から灯籠、神門、一の鳥居、二の鳥居、蕃塀、百度石、灯籠2対、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 東田中八所社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は、連子窓枠の木材が新鮮に感じられ、造り替えられたものと推測される。また、羽目板部の裏面には補強材が宛てがわれていた。内法長押の右隅に「火の用心」と記された白色の掲示板が設置されていた。
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by banbeimania | 2009-04-05 21:33 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市多気神社の蕃塀

 小牧市多気中町に所在する多気神社は、創建年代などの由緒は不詳である。『延喜式神名帳』に記される山田郡多気神社に相当する式内社と考えられている。祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・天照皇大神である。

 多気神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.4m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。周囲を切り石で囲まれたコンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面は特に装飾は認められず、中央の区画で「昭和四十六年十月建之 氏子中」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に「多気神社」と記された扁額を置き、その両側の区画には隅丸方形の透かしが設けられていた。円柱の柱頭には前後に腕木板があり、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 多気神社は、正面から鳥居、灯籠、百度石、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 多気神社の蕃塀は、昭和46年(1971)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀の照り屋根は、屋根面の膨らみが大きい点に特徴がある。なお、中央の羽目板前には「当境内に於いての事故の一切の責任は負いません 氏子総代」と記された白色の掲示板が、右側の羽目板前には「火気厳禁 境内でのたばこ、花火は禁止します」と記された掲示板が設置されていた。
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by banbeimania | 2009-04-04 22:52 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市多気十二柱社の蕃塀

 小牧市多気中町に所在する十二柱社は、創建年代や祭神などの由緒は不詳である。

 多気十二柱社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.6m、屋根長約3.9m、屋根巾約1.7mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。非常に低いコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に雲形肘木と簡略化された雲形腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの反り屋根で、銅板が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端には鬼板が置かれている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上下には縦羽目板が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その先端は少し尖っている。

 多気十二柱社は、正面から鳥居、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 多気十二柱社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は風雨に曝されて基礎部分の木材が傷んでいた。右側の主柱正面には「境内で起きた事故については一切の責任を持ちません 氏子総代」と記された白色の掲示板が、左側の主柱側面には「火気厳禁」と朱書された掲示板が設置されていた。
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by banbeimania | 2009-04-03 23:50 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

小牧市下小針天神天神社の蕃塀

 小牧市下小針天神に所在する天神社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は菅原道真と推測される。

 下小針天神天神社の蕃塀は、3間巾のコンクリート造衝立型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約2.9m、全高約2.0m、屋根長約3.5m、屋根巾約0.25mで、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。コンクリート敷の参道にコンクリート製布基礎を据えて木造衝立型蕃塀をモチーフとしたコンクリート製蕃塀が造られている。模倣されたモチーフで構造を説明すると、円柱を4本立てて上端に覆板(笠木)を載せて骨格が作られるが、柱脚の盤(地貫)などを持たない形状である。柱間壁面部分は一枚板状に表現され表面は凸凹の状態に造られていた。右側の柱間壁面裏面には「寄附 昭和三年九月 名古屋市  (人名1名分)」の文字が刻まれた白色石板が埋め込まれていた。覆板(笠木)には赤色銅板が覆われていた。

 下小針天神天神社は、正面から神門、灯籠、鳥居、灯籠群、長い参道を経て蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 下小針天神天神社の蕃塀は、昭和3年(1928)に製作されたものだが、作者は不明である。これまで紹介してきた蕃塀の中で、コンクリート造衝立型蕃塀には犬山市虫鹿神社の蕃塀、犬山市五郎丸神明社の蕃塀、春日井市松新八幡社の蕃塀がある。本例のように、覆板(笠木)の表面に銅板を覆うコンクリート造衝立型蕃塀は本例が初例である。
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by banbeimania | 2009-04-02 22:52 | 蕃塀の事例 | Comments(0)

祝 投稿記事700回

 今日から新年度が始まった。不景気や物騒な話題などいろいろあるが、気分も新たに頑張っていけたらよいと考えている。

 ちょうどこのような節目の時に、偶然にも本ブログも本日をもって700回目の投稿を迎えることとなった。依然として記事そのものは蕃塀の事例紹介に終始しているが、尾張地域の神社参拝が結構進んでおり、状況からみて蕃塀の事例調査も残りわずかになりつつある。そこで、恒例のこれまで紹介してきた蕃塀の数量を今一度確認してみたい。

 これまでに45市区町村の神社調査が終了し、本ブログで紹介してきた蕃塀は全部で520基である。市町村別に蕃塀が多い順に並べてみると、一宮市118基・稲沢市83基・江南市39基・小牧市28基以上・春日井市25基・犬山市24基・北名古屋市20基・岩倉市20基・清須市18基・海部郡美和町14基・愛西市14基・丹羽郡大口町13基・海部郡七宝町11基・海部郡甚目寺町11基・名古屋市北区11基・伊勢市(伊勢神宮)10基・名古屋市中村区9基・丹羽郡扶桑町8基・津島市8基・名古屋市西区5基・西春日井郡豊山町4基・海部郡大治町4基・名古屋市昭和区3基・名古屋市中区3基・名古屋市千種区3基・名古屋市名東区3基・知多郡武豊町2基・名古屋市守山区2基・名古屋市天白区1基・名古屋市東区1基・海部郡蟹江町1基・弥富市1基・知多郡東浦町1基・豊橋市1基・京都市1基となる。

 この傾向をみると、次の節目には蕃塀そのものの資料収集に関してはおおよそのメドが立つようになっていると思われる(ただし愛知県下の全神社参拝はまだまだかなりの時間を要するが・・)。この蕃塀の収集(といっても写真などの記録の収集ですが)がある程度できてしまえば、いよいよ本ブログのメインの記事となる予定の「蕃塀の詳細な分析」に着手するつもりである。さて、どうなることであろうか。
by banbeimania | 2009-04-01 23:09 | 探索の記録 | Comments(0)