蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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犬山市五郎丸神明社の蕃塀

 犬山市大字五郎丸字新田組に所在する神明社は、嘉暦元年(1326)に創建されたといわれ、天照大神、豊受大神を祭神とする。境内にあるシイノキが犬山の巨樹・古木20選に選ばれている。

 五郎丸神明社の蕃塀はコンクリート造と思われる。大きさは概略で、本体長約2.8m、全高約2.2m、屋根長約3.2m、屋根巾約0.3mで、控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。円柱を3本立てて巾を2間とし腰板の貫と棟木を渡した形状に、基壇上にコンクリート造りされている。塀の本体は横羽目板が嵌め込まれた形に造られ、笠木(屋根)は断面がホームベース形の五角形となっている。連子窓を全く持たない簡素なものである。3本の円柱部分にあたる塀の背後は、支え棒をあてがった形状に造り出されている。刻書は確認できなかった。

 五郎丸神明社は、正面から灯籠、一の鳥居、二の鳥居、百度石、蕃塀、灯籠から基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。壁の無い吹き抜けの拝殿の跡地と思われる階段付き基壇が残存しているが、その部分は現在植え込みがあって建物は遺存しない。

 連子窓を持たないシンプルな衝立状の蕃塀は、これまでに名古屋市中区伊勢山神明社でも確認されており、それほど珍しいものではない。本蕃塀は伊勢山神明社の蕃塀よりもさらに簡略化された形状であるが、見方を変えると写真でみる伊勢神宮に存在する蕃塀により一段と類似しているように思われる。独特の存在感を放っている蕃塀と感じられよう。
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by banbeimania | 2007-03-30 21:09 | 蕃塀の事例

犬山市寺下神明社の蕃塀

 犬山市大字犬山字寺下に所在する神明社は、応永2年(1395)に創建され、天照大神と日本武尊を祭神にしている。

 寺下神明社の蕃塀は3間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約3.2m、全高約2.4m、屋根長約4.1m、屋根巾約1.9mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。コンクリートによる基壇上に比較的平らな自然石を一列に並べて礎石とし、その上に角材柱4本を立てている。柱には下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の直上の角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りの桟瓦葺きで直線屋根となり、大棟の両端には三巴紋鬼瓦が配置される。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は全て木製で、肘木・腕木・垂木などの木口面は白色に塗布されている。

 寺下神明社は、正面から鳥居、百度石、蕃塀、壁の無い吹き抜けの拝殿、狛犬があり、基壇上の本殿施設群に至る構成を持っている。蕃塀と他の建造物との調和はよく取れており、これらの施設はほぼ同時に建設されたものと推察する。基礎に円礫に近い自然石を並べた構造を持つ事例は、この例が初めてであるが、他にも類例は存在しそうである。

 なお、蕃塀の背面には「ここでボールあそびいけません」の注意書きが貼られていた。蕃塀と拝殿の間がやや広く開いている神社では、時々目にする注意書きである。
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by banbeimania | 2007-03-24 18:12 | 蕃塀の事例

犬山市西古券神明社の蕃塀

 犬山市大字犬山字西古券に所在する神明社は、元亀2年(1571)に創建され、天照大神を祭っている。

 西古券神明社の蕃塀は2間巾の木造銅(トタン?)板葺きである。大きさは概略で、本体長約2.3m、全高約2.1m、屋根長約3.2m、屋根巾約1.3mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。石材による基壇枠の上位に設置されたコンクリート?製の布基礎上に角材の土台木を載せ、さらに角材柱3本を立てて、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の直上の角材柱に簡略化した雲形肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りの銅板葺き(おそらくトタン板葺き)で、全く反らない直線屋根である。大棟の両端に外側に突き出し鬼板を配置しない。蕃塀の中央には連子窓が設けられ、連子窓の上下には縦羽目板が嵌め込まれている。控え柱は木製で補強の為の筋交いも宛てがわれており、さらにL字状の金属材で本体と固定されている。

 西古券神明社は、道路に面して灯籠と蕃塀があり、壁の無い吹き抜けの拝殿を経て基壇上の本殿施設群に至る構成を成している。境内が非常に狭いため鳥居等を持たない。

 蕃塀の右側面上方に「平成十四年九月 (人名)」と記された板が貼付けられており、これが蕃塀の製作年代と考えられる。屋根や羽目板の雰囲気は現代の住宅によく用いられるような素材で造られており、その点からも新しいものといえそうである。石材による基壇枠と、蕃塀のコンクリート製の布基礎が合致していないことを考慮すると、蕃塀は平成14年に建て替えられた可能性もある。
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by banbeimania | 2007-03-23 00:18 | 蕃塀の事例

碧南市笹山町神明社・流作町厳島神社・弥生町八柱神社の蕃塀類似施設

 碧南市には蕃塀類似施設(祓所の背後にある衝立状の塀)が多く存在する。今回はまとめて3事例を紹介したい。

 碧南市笹山町3丁目に所在する神明社は、天平宝字6年(762)に豊受大神を氏神に奉祀したのを嚆矢とする。昭和49年(1974)に本殿や移殿を新築した。笹山町神明社の蕃塀類似施設(写真上)は、鳥居横の境内端部に榊が祀られている祓所の背後にある衝立状の塀である。この祓所は小石碑に昭和57年3月に氏子等が奉納したと記録される。この塀の大きさは概略で、本体長約4.0m、全高約1.9mで、両側に控え柱は持たない。角柱を3本立てて巾を2間とし大棟を渡したのみの形状に、コンクリート造りされている。塀は大きな羽目板がそれぞれ2枚ずつ嵌め込まれた状態となっており、形状は比較的単純である。

 碧南市流作町は江戸時代に新田開発された場所で、同1丁目に所在する厳島社は延享三年(1746)に厳島神社の御分霊を受け鎮座した。流作町厳島神社の蕃塀類似施設(写真中)は、鳥居の右手横にある境内端部に榊が祀られている祓所の背後にある衝立状の塀である。この塀は背面中央の柱に昭和62年3月に個人が奉納したと記録される。この塀の大きさは概略で、本体長約2.6m、全高約1.7mで、両側に控え柱は持たない。角柱を3本立てて巾を2間とし大棟を渡したのみの形状に、コンクリート造りされている。塀は大きな羽目板がそれぞれ1枚ずつ嵌め込まれた状態で、形状は単純である。

碧南市弥生町3丁目に所在する八柱神社は仁寿3年(853)に創建され、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命など8柱を祭神とする。弥生町八柱神社の蕃塀類似施設(写真下)は、参道の左手横にある境内端部に榊が祀られている祓所の背後にある衝立状の塀である。この塀は背面上位の羽目板に昭和31年(1956)に卯辰会35名が奉納したと記録される。この塀の大きさは概略で、本体長約3.4m、全高約2.0mで、両側に控え柱は持たない。角柱を3本立てて巾を2間とし大棟を渡したのみの形状に、コンクリート造りされている。塀は大きな羽目板がそれぞれ5枚ずつ嵌め込まれた状態で、形状は単純である。

 羽目板の枚数が異なるものの、3社とも極めて近似した祓所の背後にある衝立状の塀を持っていることが分かる。
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by banbeimania | 2007-03-09 22:53 | 蕃塀の事例

名古屋市中区朝日神社の蕃塀

 名古屋市中区錦3丁目に所在する朝日神社は、戦国時代には伊勢神宮の神領地(御園)であった清須城下の朝日郷に鎮座されていたが、慶長16年(1611)の夏に名古屋城の築城に伴い、特に領主の請願により城下町碁盤割りの唯一の守護神として現在地に移築・遷座されたという。祭神は天照皇大神、天児屋根命。古くは神明社・広小路の神明宮・広小路の朝日神明宮と呼ばれたが、清須越しを後世に伝えるために「朝日神社」と改称された。
 太平洋戦争の戦災により主要建造物は失われたが、氏子崇敬者の熱意により復興奉賛会が結成され、昭和28年(1953)に御本殿、祭文殿、拝殿を始め末社5社が再建された。また、昭和33年(1958)には市道の拡張に伴い、石の大鳥居、石垣、石灯籠、透塀(蕃塀)の移築植栽が行なわれ戦後復興の完了をみた。

 朝日神社の蕃塀は3間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約4.4m、全高約3.1m、屋根長約5.8m、屋根巾約2.1mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石による布基礎に丸太材の柱4本を立て、下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に簡略化した雲形の肘木と腕木を配置して表裏両面の桁を支え、まばらに垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、反りのある照り屋根となっている。大棟の両端には銅板による鬼板が配置される。腕木や桁の先端は白木のままで、蕃塀の中央には連子窓があり、下部には布羽目板が嵌め込まれている。控え柱は石製であるが、控え貫および足元貫は木製である。

 蕃塀は拝殿の正面に所在するが、鳥居は蕃塀の横に位置する。蕃塀の正面には樹木があって蕃塀が目隠しの役割を果たしていない結果となっている。おそらく市道の拡張に伴う鳥居や蕃塀の移築により現在ある配置になったと思われ、本来は鳥居から蕃塀を経て拝殿から至る構成であったと推察される。現状では、蕃塀の連子窓にはおみくじや絵馬が多数結びつけられ、隣に交番があって蕃塀の裏が自転車置き場となってしまっている。

 朝日神社のHP(http://www.asahi-jinja.com/)によれば、蕃塀は「不浄除け」と呼ばれ、江戸中期に建てられた透かし塀と表現している。「昔神社の斜向かいに尾張藩の牢屋敷が在り、引立てられる罪人を神様に見せたくないとして、目隠し用として建てられたもの」と言い伝わるといい、興味深い伝承である。
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by banbeimania | 2007-03-01 00:41 | 蕃塀の事例

犬山市宮浦神明社の蕃塀

 犬山市字宮浦に所在する神明社は、仁寿元年(851)に創建され、享保10年(1725)に現在地に移したという。祭神は天照大神である。境内にある大クスノキは推定樹齢300年、幹周485cmを測る犬山一の巨木である。

 宮浦神明社の蕃塀は2間巾の木造銅板葺きである。大きさは概略で、本体長約2.7m、全高約2.7m、屋根長約3.2m、屋根巾約1.7mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石による布基礎に丸太材の柱3本を立て、下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に肘木と簡略化した雲形腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造りで銅板が一文字葺きされ、反りのある照り屋根となっている。大棟の両端には銅板による鬼板が配置され、肘木・腕木・垂木の先端は銅製飾金具で装飾されている。蕃塀の中央には連子窓があるが、下部は本来嵌め込まれるはずの羽目板が欠損している。蕃塀の表側に目が比較的細かい鉄柵が設置されている。控え柱は石製であるが、控え貫および足元貫は木製。

 宮浦神明社は正面から一の鳥居、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿から本殿に至る構成を持つ。犬山市内で蕃塀を持つ神社の構成におおよそ合致している。

 宮浦神明社の蕃塀は、正面に鉄柵が設置されており、一見異様である。下部の羽目板が失われていることから推察するに、何らかの原因で蕃塀の破壊が進んだ結果、やむを得ず鉄柵を設置せざるを得なかった事情が垣間見える。写真は表からの映像を避け裏から撮影した(2006年10月下旬)。大棟の銅板に金彩で桐紋が配置されているような風雅な蕃塀が、このような状態であることが痛ましく感じられる。
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by banbeimania | 2007-02-15 00:05 | 蕃塀の事例

犬山市羽黒堂ヶ洞神明社の蕃塀

 羽黒堂ヶ洞神明社は、犬山市のホームページによれば、創建年代は不詳としながらも重吉新田開拓後に創設されたとされ、天照大神と豊受大神が祀られているという。

 羽黒堂ヶ洞神明社の蕃塀は2間巾の木造桟瓦葺きである。大きさは概略で、本体長約2.2m、全高約2.3m、屋根長約2.8m、屋根巾約1.6mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切り石による布基礎に角材の土台木を置き、その上に角材の柱3本を立て、下から順に腰板の貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上に肘木と簡略化された雲形の腕木を配置して表裏両面の桁を支え、垂木を渡して屋根を載せる。屋根は切妻造り桟瓦葺で軒反りは真反り、屋根の両端部に降棟を設け牡丹紋と思われる留蓋瓦が使用され、切妻部には掛瓦が配置される。中央には連子窓、下部には布羽目板が嵌め込まれ、控え柱は木製である。後に倒潰防止のための鉄製支え材が渡される。

 これまで紹介した蕃塀は3間巾のものが多かったが、この蕃塀は2間巾のものでコンパクトな印象がある。しかし、布基礎の下位には敷瓦を葺いたようなコンクリート製基壇を持つことから、比較的丁寧に制作されたように感じられる。製作年代は不明。

 羽黒堂ヶ洞神明社は正面から一の鳥居、蕃塀、狛犬、壁の無い吹き抜けの拝殿から本殿に至る構成を持つ。この壁の無い拝殿の存在が、蕃塀の有無に少なからず関係があるように思われる。
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by banbeimania | 2007-02-09 00:50 | 蕃塀の事例

名古屋市中区伊勢山1丁目神明社の蕃塀

 伊勢山神明社は、境内の案内看板によれば、室町時代以前に伊勢神宮の御分霊を奉斎し鎮座したという。以来人々はお伊勢山と称え、慶長年間に伊勢御師巡拝の折に巻物を納められたことにより「巻の森」とも呼ばれ、『尾張徇行記名所図絵』にも記されている。主神は天照皇大神で、相殿として熱田大神と加具土大神が祀られている。

 伊勢山神明社の蕃塀はコンクリート造と思われる。大きさは概略で、本体長約3.4m、全高約2.4m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.7mで、控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。円柱を3本立てて巾を2間とし貫を3本渡した形状に、コンクリート造りされている。下部と上部の羽目板は石製かも知れない。2間とも中央に連子窓を持たず、屋根は断面五角形状の棟を渡すのみの簡素なものである。裏面左下の羽目板に刻書があり、「伊勢山町中部 (以下人名15名分で詳細は省略) 昭和四十三年十月」と記されている。

 伊勢山神明社は正面から一の鳥居、御神灯、蕃塀、御神灯、二の鳥居、狛犬、階段を上り拝殿に至る。私が訪問した時には、蕃塀の正面前に鉢植えが飾られていた。

 連子窓を持たないシンプルな衝立状の蕃塀は、これまでにもいくつか確認しており、それほど珍しいものではない。この種の蕃塀は、木造の連子窓タイプの蕃塀に比べると風格に負けるきらいがあるが、独特の存在感を放っている。
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by banbeimania | 2007-01-24 00:18 | 蕃塀の事例