蕃塀(ばんぺい)にこだわったブログです。蕃塀は神社の拝殿の前にある衝立状の塀です。
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岐阜県各務原市小網2126番地神明神社の蕃塀

 岐阜県各務原市小網町2126番地に所在する神明神社は、創建年代などの由緒は不明である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 小網2126番地神明神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約1.9m、全高約2.5m、屋根長約2.7m、屋根巾約0.5mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と布基礎を置き、その上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その表面には獅子紋が彫刻されていた。羽目板部の束柱裏面には、「御大典記念 平成二年十一月吉日 奉納 氏子中」の文字が刻まれていた。欄間部は扁額などを持たず頭部を両端に配置する双龍紋が表現されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端がわずかに外側に突き出ていた。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。

 小網2126番地神明神社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、狛犬、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 小網2126番地神明神社の蕃塀は、平成2年(1990)に製作されたものだが、作者は不明である。本蕃塀は本体長に比べ高さが高いものであり、欄間部や羽目板部に施された彫刻は平板であるものの細工が細かい。
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by banbeimania | 2009-05-15 22:33 | 蕃塀の事例

岐阜県各務原市小網2054番地神明神社の蕃塀

 岐阜県各務原市小網町2054番地(小網町字乙宮西)に所在する神明神社は、創建年代などの由緒は不明であるが、掲示によれば徳川2代将軍の頃の創立と伝えられるという。祭神は天照大神である。

 小網2054番地神明神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石を置き、その上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、その表面には角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面には、左側の羽目板で「昭和三年十一月 寄附者 (人名1名分+地名+人名1名分)」、中央の羽目板で「御大典記念 奉納」、右側の羽目板で「取持氏子中 岡崎市 石工鈴忠」の文字が刻まれていた。欄間部は円柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その両区画に斜格子状の透かしが表現されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は円柱を14本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟(入母屋)状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端がわずかに外側に突き出ていた。

 小網2054番地神明神社は、正面から灯籠、一の鳥居、二の鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの平入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 小網2054番地神明神社の蕃塀は、昭和3年(1928)に岡崎市の石工鈴忠によって製作されたものである。石工鈴忠は現在の岡崎市花崗町に所在する鈴忠石工場に引き継がれる石工と思われる。石工鈴忠の蕃塀は本例が初例となるだろう。本蕃塀の特徴の一つである欄間部に斜格子状の透かしが設けられるものには、知多郡東浦町入海神社の蕃塀(岡崎市石工河内明治:1939)、名古屋市中村区東宿明神社の蕃塀(1927)、稲沢市大塚日吉社の蕃塀(長束町石工石松:1934)、稲沢市梅須賀神明社の蕃塀(岡崎市杉田石材店:1931)の4例がある。このうち、連子窓部に円柱が用いられるものには、知多郡東浦町入海神社の蕃塀と名古屋市中村区東宿明神社の蕃塀があり、この2例が本例とよく類似しているものといえよう。
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by banbeimania | 2009-05-14 21:41 | 蕃塀の事例

岐阜県各務原市上ノ島神明神社の蕃塀(2)

 前回に引き続き、岐阜県各務原市川島松倉町に所在する上ノ島神明神社の蕃塀を検討する。

 上の島神明神社の社務所には、本殿などが平成19年(2007)に登録有形文化財に登録された際に作成された書類が掲示されている。その中には、本殿・幣殿・社務所・手水舎・太鼓橋・蕃塀・鳥居の解説が示されていた。この中で蕃塀についての解説を引用したい。

 鳥居の正面奥にあり、太鼓橋の前方に位置する。間口3.8mの石造りの蕃塀で、基壇上に円柱を立て、入母屋造の瓦葺屋根を架けている。柱間には連子窓、上部に波と龍、腰壁に虎と唐獅子の彫刻がある。前面と背面に宝珠柱が設けてある。規模が大きく、豊かな彫物を飾るなど特異な蕃塀である。昭和12年建設。(以上、境内にある掲示物より転載)

 蕃塀については上記のような評価を得て、本殿・幣殿・社務所・手水舎・太鼓橋・鳥居と合わせて、近代神社建築群の代表的事例として登録有形文化財に指定されたものと思われる。蕃塀マニアとしては、蕃塀が神社建築の一構造物として高く評価されたことを、正当なことだと喜ばしく思うし、蕃塀の解説文も概ね納得できるものであった。

 しかし、蕃塀を500事例以上見聞してきた蕃塀マニアとしては、無条件に上記解説文を受け入れる訳にはいかないのである。そこで、この解説文を手始めにして上ノ島神明神社の蕃塀の特異性を明らかにしてみたい。

 数多く存在する石造連子窓型蕃塀と比べて、上ノ島神明神社の蕃塀が持つ特有の特徴としては、1)規模が大きいことと、2)屋根石の造作が細かいことがある。1)については、横幅は上ノ島神明神社例よりも大きい事例はいくつか認められるが(例えば、一宮市伊富利部神社の蕃塀は本体長約4.3mである)、全高が約3.3mを測るものは少ない。上ノ島神明神社の場合は蕃塀本体の高さに加え、基壇もかなり高くなっており、参道から眺めた時の威圧感は最大級と言っても過言ではない。2)についての具体的な特徴としては、屋根石の軒先部分の下面に垂木の表現が存在することが挙げられる。屋根石の下面を抉る事例は存在するが、本例のような細かい部分にまで木造蕃塀の特徴を模倣した事例は初めてといえる。

 したがって、解説文にある「規模が大きく、豊かな彫物を飾るなど特異な蕃塀である」という表現はある程度当たっているといえる。ただし、「豊かな彫物を飾る」という部分が「上部に波と龍、腰壁に虎と唐獅子の彫刻がある」点を指すのであれば、この点は否定しておきたい。彫刻の評価はその作風についての好みがあって様々であろうが、波涛を泳ぐ双龍紋と獅子紋などの彫刻は多くの石造連子窓型蕃塀に見られるモチーフであり、しかも上ノ島神明神社の作品が特に際立って優美なもの・異質なものであるとは私には感じられないものであった。文化財指定のための表現という側面はあるのだろうが、それならばもっと他の蕃塀に見られる優美な彫刻が高く評価されても良いのではないかと思ってしまうのは、やはり私が蕃塀マニアであるからなのだろうか。
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by banbeimania | 2009-05-13 00:41 | 蕃塀を深める

岐阜県各務原市上ノ島神明神社の蕃塀(1)

 今日からは、岐阜県各務原市川島(旧羽島郡川島町)に所在する蕃塀を紹介したい。

 岐阜県各務原市川島松倉町に所在する上ノ島神明神社は、創建年代などの由緒は不明である。『延喜式神名帳』に記される尾張国葉栗郡川島神社に相当する式内社と考える説がある。境内にある由緒書によれば、松倉村をはじめ近郷14ヶ村に氏子を有していたと伝えられ、松倉城の鬼門として坪内氏の信仰を受けていた。本殿・社務所・手水舎は昭和初期、幣殿は昭和4年(1929)、太鼓橋・蕃塀・鳥居は昭和10〜11年(1935〜1936)の建築で、これら7件は平成19年(2007)に登録有形文化財に登録された。祭神は天照大神である。

 上ノ島神明神社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.9m、全高約3.3m、屋根長約5.0m、屋根巾約0.8mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。切石積みで囲まれた高いコンクリート製基壇を持ち、その上に礎石と布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、その表面には両側の区画で獅子紋、中央の区画で虎紋が彫刻されていた。裏面には、中央の羽目板で「昭和十二年七月 奉納 (地名+人名2名分)」の文字が刻まれていた。欄間部は扁額などを持たず頭部を両端に配置される双龍紋が表現されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟(入母屋?)状に切り出された緩い反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端には鬼板が置かれていた。棟木石の表面には二ツ巴紋が3個彫り込まれていた。控え柱は全て石造で、控え貫は円柱で2本ずつ存在し、頭部が宝珠に形作られている。

 上ノ島神明神社は、正面から灯籠、鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠、太鼓橋、壁の無い吹き抜けの平入拝殿、狛犬、渡殿から基壇上の本殿施設群(幤殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 上ノ島神明神社の蕃塀は、昭和12年(1937)に製作されたものだが、作者は不明である。高さが3mを超える大規模なもので、彫刻などにも特徴が多く存在する優美な作品である。次回、さらにその特徴を詳細に検討したい。
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by banbeimania | 2009-05-12 01:00 | 蕃塀の事例

名古屋市中川区江松神明社の蕃塀

 名古屋市中川区江松4丁目に所在する神明社は、境内にある由緒書によれば、永正元年(1504)に天照大神を奉斎し、宝永元年(1704)に現在地に建立されたという。昭和10年(1935)に大改築された後、平成9年(1997)に境内が整理され、本殿と祭文殿と拝殿が改築された。祭神は天照大神である。

 江松神明社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.3m、屋根長約3.1m、屋根巾約0.6mを測り、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず、石敷の参道に直接礎石を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は幅広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その表面には獅子紋が表現されていたが、裏面は無紋である。欄間部は「神明社」と記された扁額を置き、その両区画には双龍紋が彫刻された羽目板が嵌め込まれていた。円柱の柱頭には腕木板が前後と外側にあり、連子窓部は角柱を12本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は全く外側に突き出ていない。控え柱は全て石造で、頭部が宝珠に形作られている。

 江松神明社は、正面から鳥居、灯籠、蕃塀、灯籠2対、狛犬、コンクリート造拝殿から渡殿などが連続して本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 江松神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。連子窓部の高さが極めて低いことや石材が新鮮で彫刻もシャープであることなどから見て、製作年代は極めて新しいものと想定される。平成9年(1997)の本殿・祭文殿・拝殿の改築の際に建造されたものと思量する。
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by banbeimania | 2009-04-26 22:16 | 蕃塀の事例

名古屋市中川区愛知神明社の蕃塀

 名古屋市中川区愛知町に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 愛知神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.6m、全高約2.2m、屋根長約3.3m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ石板が嵌め込まれ、その表面には角を丸く加工した方形枠が設けられていた。裏面には、左側の羽目板で「名古屋市 (団体名5組)」、中央の羽目板で「名古屋市入江町 吉乃家 (屋号 人名1名分 電話番号)」、右側の羽目板で「名古屋市 (団体名5組) 大正十年一月 ビワジマ町 石工 荒木弥助」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に「神明社」と記された扁額を置き2区画に分けられるが、両側の区画にわたって単龍紋が表現されていた。円柱の柱頭には腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を9本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された反り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側にわずかに突き出ている。

 愛知神明社は、正面から鳥居、狛犬、太鼓橋、蕃塀、狛犬、灯籠2対、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、渡殿から基壇上の本殿施設群(本殿など)に至る構成を持つ。

 愛知神明社の蕃塀は、大正10年(1921)に名古屋市西区東枇杷島の石工荒木弥助によって製作されたものである。これまでに確認された石工荒木弥助の手による石造蕃塀は全部で14例が存在する。本蕃塀のように単龍紋の中央に扁額を配置させるものは珍しいと考えられ、荒木弥助の作品の一つである尾崎白山社の蕃塀(1920)に認められる程度であった。扁額を持つ単龍紋の欄間部は、大正10年前後の荒木弥助の作風の特徴と言えるのかもしれない。
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by banbeimania | 2009-04-16 22:46 | 蕃塀の事例

名古屋市中川区元中野(野立)神明社の蕃塀

 今日からは名古屋市中川区に所在する蕃塀の事例を紹介する。

 名古屋市中川区元中野2丁目(野立町字上ノ切)に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。現在の神明社は、村内に散在していた津島社・八幡社・神明社・白山社が安永6年(1777)に遷宮されたものという。祭神は建速須佐之男命・品陀別命・天照皇大神・白山比咩神である。

 元中野神明社の蕃塀は、4間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約3.5m、全高約2.3m、屋根長約4.2m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇を持たず直接地面に礎石と石製布基礎を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を3本立て4区画に分けられ石板が嵌め込まれ、その表面には角を丸く加工した方形枠が設けられていた。中央左側の羽目板裏面には「藍綬褒章 受賞 (年月日) 勲三等瑞宝章 受賞 (年月日) 奉納 (人名1名分) 平成十一年十月吉日」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に「神明社」と記された扁額を置き2区画に分けられ、石板が嵌め込まれ角を丸く加工した方形枠が設けられていた。円柱の柱頭には腕木板は前後にある。連子窓部は実際には連子窓になっておらず、角柱による束柱を8本立て7区画に分けられ、そこに石板が嵌め込まれていた。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 元中野神明社は、正面から鳥居、蕃塀、灯籠、狛犬、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、渡殿から基壇上の本殿施設群(本殿など)に至る構成を持つ。

 元中野神明社の蕃塀は、平成11年(1999)に製作されたものと考えられるが、作者は不明である。本蕃塀は、連子窓部に連子窓が無く、全く視線が遮断される形状となっている点が大きな特徴である。腰貫と内法貫を持ちその間は束柱を多く置いている点が、連子窓部を意識させる造りとなっているといえる。このようなタイプは本例が初例である。(4月14日修正)
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by banbeimania | 2009-04-13 22:12 | 蕃塀の事例

小牧市小牧原新田神明社の蕃塀

 小牧市大字小牧原新田に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。祭神は天照皇大神である。なお、この神社は愛知県神社庁のリストには存在しない神社である。

 小牧原新田神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.2m、全高約1.8m、屋根長約2.6m、屋根巾約0.4mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。周囲を切り石で囲まれた基壇に礎石を置き、礎石上に円柱を2本立てて屋根石を載せている。円柱の内側には下から地貫、羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は角柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表裏両面ともに角を丸く加工した方形枠が設けられていた。両側の円柱表面には「奉納」、左側の円柱裏面には「平成元年五月吉日」、右側の円柱裏面には「株式会社竹藤商店秦野兼三」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、石板が嵌め込まれていた。円柱の柱頭には腕木板はなく、連子窓部は角柱を11本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された照り屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ていない。

 小牧原新田神明社は、正面から灯籠、鳥居、蕃塀、灯籠、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、狛犬から基壇上の本殿に至る構成を持つ。

 小牧原新田神明社の蕃塀は、平成元年(1989)に株式会社竹藤商店秦野兼三によって製作されたものと考えられる。株式会社竹藤商店は、現在小牧市大字小牧原新田に所在する造園資材卸売業を営む会社であり、創業は大正元年という。竹藤商店による蕃塀は本例が初例である。装飾が少なくシンプルな形状が特色といえる。
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by banbeimania | 2009-04-06 22:10 | 蕃塀の事例

小牧市応時神明社の蕃塀

 小牧市応時4丁目(大字大山字稲葉)に所在する神明社は、創建年代や祭神などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 応時神明社の蕃塀は、3間巾の木造銅板葺き連子窓型蕃塀である。大きさは概略で、本体長約3.1m、全高約2.5m、屋根長約4.3m、屋根巾約1.5mで、両側に控え柱を持つ。

 詳細の構造は次の通り。周囲が切り石で囲まれたコンクリート製基壇に石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡す。内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せている。屋根は切妻造りの直線屋根で、赤色に着色された銅板(トタン板か?)が一文字葺きされていた。大棟も銅板で造られ、その両端は外側に突き出ている。蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には縦羽目板が、下には一枚板(ベニア板?)が嵌め込まれていた。控え柱は全て木製で造られており、その先端は少し尖っている。

 応時神明社は、正面から神門、鳥居、灯籠群、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設に至る構成を持つ。

 応時神明社の蕃塀は、製作年代や作者は不明である。本蕃塀は羽目板部にベニア板と思われる一枚板が嵌め込まれている点が特徴であるが、おそらく本来は縦羽目板が設置されていたものが破損し簡易に修繕した結果と想像される。柱材も風雨の影響を受け痛みが認められる。
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by banbeimania | 2009-03-30 23:32 | 蕃塀の事例

小牧市中央神明社の蕃塀

 小牧市中央5丁目(大字北外山入鹿新田字南屋敷)に所在する神明社は、創建年代などの由緒は不詳である。社名からみて、祭神は天照大神と推測される。

 中央神明社の蕃塀は、3間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.9m、全高約2.1m、屋根長約3.7m、屋根巾約0.7mを測り、両側には控え柱を持たない。

 詳細の構造は次の通り。基壇や礎石を持たず直接地面に円柱を2本立てて屋根石を載せている。なお、基壇などの基礎構造は土砂に埋もれてしまっている可能性も考えられる。円柱の内側には下から羽目板部、腰貫、連子窓部、内法貫、欄間部の順に材を積み重ねている。羽目板部は円柱による束柱を2本立て3区画に分けられ、表面は角を丸く加工した二重の方形枠が設けられていた。裏面は、左側の区画で「昭和三年一月吉日」中央の区画で人名5名分、右側の区画で「取持氏子中 石工小牧船橋金次郎」の文字が刻まれていた。欄間部は中央に巾広の角柱による束柱を1本立て2区画に分けられ、その両区画には隅丸方形の透かしが施されていた。円柱の柱頭に腕木板が前後にあり、連子窓部は角柱を13本立てて竪連子に造られている。屋根は寄棟状に切り出された直線屋根で、上部に載せた棟木石の両端は外側に突き出ている。

 中央神明社は、正面から神門、鳥居、灯籠、蕃塀、壁の無い吹き抜けの妻入拝殿、灯籠、狛犬から基壇上の本殿施設群(祭文殿や本殿など)に至る構成を持つ。

 中央神明社の蕃塀は、昭和3年(1928)に小牧市の石工船橋金次郎によって製作されたものである。この船橋金次郎については、現在小牧市二重堀に所在する舟橋氏が経営?する会社「石匠三代目金次郎」に引き継がれる石工と考えられる。既に紹介した小牧市二重堀津島社の蕃塀もこの船橋金次郎によるものであり、船橋金次郎作の蕃塀は本例が2例目となる(小牧市二重堀津島社の蕃塀を紹介した時は「小牧」の部分が十分に読み込めず石工を特定することができなかった)。両者は、羽目板部の表面に角を丸く加工した二重の方形枠が設けられている点で共通している。
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by banbeimania | 2009-03-29 23:05 | 蕃塀の事例